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 私が仕事で「長期継続契約」に初めて出会ったのは、昭和の最末期です。戦後のベビーブーム世代の子供たち、いわゆる団塊ジュニアが高校入学年齢に達することにより、平成元年頃から高校入学者が急増し、それが数年間続き、7、8年後には元通り、いや元よりも少ない状態になってしまうことが確実に予測されていた時代でした。

 各都道府県は様々な対策を講じました。うろ覚えですが、大阪府では、校舎が古くなっていた府立高校で、別敷地に分校を建設し、生徒数が多い間は両方の高校を運用しておいて、急減期に入ったときに分校を廃止して本校を分校の校舎に移し、古い本校の校舎は解体するといううまい対策を採られたような記憶があります。

 

我が県の対策

 私はそのころ県の教育委員会事務局に異動になりました。我が県では、多くの高校で、テニスコートやグランドの片隅をつぶしてプレハブ校舎を建設しました。それまでは7クラス募集していた高校で、8クラス、9クラス募集するなど、多くの高校でプレハブ校舎を建設することによって、何とかしのぎました。

 

長期継続契約

 当時、若輩者だった私は、高校の急増急減対策のような重い仕事は担当させてもらえませんでしたが、同じ係の主任がやる仕事を興味津々と見ていました。

 その時に我が県が使ったのが、長期継続契約の制度でした。制度が今の形に改正されたのは平成16年ですが、その当時も、不動産の賃貸は長期継続契約の対象でした。

 プレハブは、簡易なものは物品、動産として扱われますが、教室に使用するようなものは当然不動産に当ります。そのリースであれば長期継続契約の対象にできるわけですが、問題は、長期継続契約は各年度の予算に応じて役務の提供を受けなければならないとされている点です。一般に、「予算の減額等があった場合は契約を解除する」旨の減額条項というのを入れて要件をクリアするのですが、リース業者の方はそんな条項を入れることにだいぶ抵抗していました。最後は、了解してくれたようです。

 あのような契約は、本当は制度の趣旨には合わないのでしょうが、こん
 な使い方もできるわけです。
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