本書は、著者が、各所に招かれて行った4回の講演を取りまとめ、加筆したものです。西山浄土宗総本山・粟生光明寺での「法然上人とその母」、浄土真宗本願寺派・西福寺での「親鸞聖人の人生と思想」、時宗総本山・清浄光寺での「一遍上人の世界」、名古屋市のホールでの「共生(ともいき)とは何か」です。私は著者のファンで、御存命中に一度くらいお話をお聞きしたかったのですが、残念です。
草木国土悉皆成仏
著者によれば、法然上人の浄土宗以降の鎌倉新仏教は、すべて「草木国土悉皆成仏(そうもくこくどしっかいじょうぶつ)という共生(ともいき)の思想が流れており、この思想が日本人の考え方の特徴をなしているとのことです。人や獣はもちろん、草も気も国も土もすべてが成仏できるという考えです。この考えは、中国唐代の浄土教の僧である善導に由来するものですが、中国では発展せず、日本の天台密教で確立し、発展したとのことです。日本人のメンタリティーに合っていたようです。
貴族の宗教から民衆の宗教へ
阿弥陀如来を信仰して極楽往生を願うのは、平安時代の浄土教も同じです。しかし、源信以来の浄土教は、ひたすら極楽浄土のことを考え、イメージしながら阿弥陀仏を唱える「観想(かんそう)念仏」でした。イメージしやすいように平等院鳳凰堂まで造営されました。
しかし、日々の生活に追われる庶民が、浄土のことばかり考えていられるはずがありません。それで法然上人は、口先で「南無阿弥陀仏」を唱えればいいという「口称念仏」を説きました。これにより、仏教が庶民に広がったとのことです。
また、法然上人の父親は「悪党」だったそうです。悪党とは、「悪いヤツ」という意味ではなく、平安末期、鎌倉時代に支配者に抵抗した武士集団のことです。その悪党だった父と母は、敵に夜討ちをかけられて亡くなったようです。悪党だった父や母、その血を引く自分も極楽往生できる道を探した結果、浄土宗を開くに至ったとのこと。
それ以前の仏教では、女人は極楽往生できなかったようですが、この教えにより、法然の母をはじめ、女性も救われるようになりました。
法然が始めた革命的な仏教を親鸞や一遍がさらに発展させました。
私は、親鸞については多少の知識はありましたが、一遍については、受験の日本史で覚えた、時宗、踊念仏という断片的な知識だけでした。一切のこだわりを捨てた人物のようです。
仏教、阿弥陀信仰についての考えを、少し深めることができました。
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