地方自治日記

地方自治に誠実に取り組んできた県職員OBです。県の市町村課に長く在職したほか、出納局、人事委員会などのいわゆる総務畑が長く、自治制度等を専門分野としてきました。県を退職後も、時々、市町村職員などの研修で、自治制度、公務員制度、文書事務などの講義もしています。 単に前年どおりに仕事をすることが嫌いで、様々な改革・改善に取り組んできました。各自治体の公務員の皆様には、ぜひ法令を正しく合理的に解釈し、可能な限り効率的、効果的な行政運営をしていただきたいと願っています。

2021年04月

 本書は、新聞の広告欄に頻繁に掲載されています。

 著者は浄土真宗親鸞会という宗教法人を立ち上げていますが、本願寺などとの関係は険悪なようです。読み終えてからネットで検索して知りました。本願寺派の末寺に生まれましたが、後にその僧籍を離脱しています。したがって、お寺の住職などではなく、宗教思想家といった位置づけでしょうか?

 カルトだと主張する人もいて、被害者の会まであるようです。

 私は仏教、特に親鸞の思想に興味があり、本書を手に取りました。一部の解釈に疑問はあるものの、本書はまっとうな本だと思います。

 

本書の概要

 ハードカバーで350頁もありますが、行間が広く、字も大きく、書家による歎異抄の筆書きまでついているので、読むのにそれほど時間がかかりません。

 三部構成で、第一部には歎異抄の意訳と原文の対照です。第二部は、主要な箇所、誤解しやすい箇所の解説第三部は再び歎異抄の原文が通しで掲載されています。

 歎異抄を一応一通り読んだことのある人なら、第二部だけ読んでもいいでしょう。

 

印象に残った個所

 歎異抄の第5章に「親鸞は父母の孝養のためとて念仏、一返にても申したることいまだ候わず」という文言があります。この解説で、釈迦のエピソードが紹介されています。

 弟子が釈迦に「死人の周りでありがたい経文を唱えると、善いところへ生まれ変わるというのは本当か」と尋ねました。釈迦は、黙って小石を近くの池に投げ込み、沈んでいった石を指さして、「池の周りを、石よ浮かび上がれ、浮かび上がれと唱えながら回れば、石が浮いてくると思うか」と反問したとのこと。つまり、人は自身の行為で死後の報いが定まるのだから、他人がどんな経文を読もうと死人の果報が変わるわけがないと説かれたということです。

葬式や年忌法要などの儀式が、死者を幸福にするという考えは、仏教の多くの宗派で流布されていますが、営業のための「方便」なのでしょうか?

初期の浄土真宗の教団では、覚如上人((親鸞聖人の曽孫)が親鸞の教えに背いて追善供養を推奨した我が子存覚を勘当しているとのことです。

 

 著者は毀誉褒貶のある人のようですが、本書は参考になりました。

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 422日(2021年)、シリアから発射されたミサイルがイスラエル南部に着弾しました。そこはイスラエルの最高機密の原子炉の近くとのことで、この攻撃に対し、イスラエルは隣国シリアのミサイル発射装置と防空システムを報復攻撃したと報じられています。

 イスラエル自身も、これまでにイラクやシリアの核施設を攻撃した前科があります。

 

原子炉は存在するだけで危険

 中東の紛争は、日本にとっては対岸の火事かもしれませんが、この事件は、原子炉は存在するだけで危険であることを改めて教えてくれました。

 日本は、現在、戦争状態にある国はありませんが、北朝鮮、韓国のように敵意をむき出しにしている国や、中国のように周辺諸国に喧嘩を売りまくっている危険な国に囲まれています。こんな狂人のような国に囲まれている中で原子炉を持ち続けることは、極めて危険なことです。完全なミサイル防御システムがない中では、相手に生殺与奪の権を与えていることになります。

 あれらの国がなかったとしても、万一過酷な事故が発生した場合には日本が滅びかねないほどの被害が発生する原発など、保持すべきでないことは当然です。まして、周囲を危険な国に囲まれている我が国において、原発など持ち続けることは狂気の沙汰でしょう。

 原子炉そのものだけでなく、候補地選定が難航している放射性廃棄物貯蔵施設にも同様の危険があります。

 

 現政権をはじめ、日本の政治家は、危機感が乏しすぎるというか、想像力に欠けるというか、冒険野郎というか・・・。目先の利益を追わず、最悪を避けるのが、まともな政治というものでしょう。

 現政権幹部は、3.11で原発は安全でないことを知って宗旨替えした小泉元総理、細川元総理らを見習っていただきたいと思います。

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 昨年(2020年)6月に課税誤り等を告発した職員を一人だけの畳部屋に異動させるパワハラ事件を起こし、全国的に注目を集めた山口県田布施町で、再発防止のために「コンプライアンス行動指針」「ハラスメント防止要綱・指針」「公益通報制度要綱」を策定し、ホームページに掲載しました。

 今年3月にネットニュースで、これらを策定中で議会等に説明した後に施行するとの報道があったので、注意していました。しかし、続報がなく、気になってネットで検索したところ、416日付けで町のホームページに掲載されていました。

 早速読んでみましたが、3月の報道を読んで危惧していた通り、再発防止にはあまり役立ちそうもない内容で、がっかりしました。

 『田布施町で「行動指針」を策定中らしいが』 参照願います。

 

策定の目的は?

 これらの要綱、指針等を策定することになったそもそもの目的は、「畳部屋隔離事件」のようなパワハラを二度と起こさないことだったはずです。今回の一連の要綱、指針を見ても、その趣旨が全く表れていません。

 「畳部屋隔離事件」は、人事権を持った人たち、つまり町当局(町長、副町長、総務課長など)が引き起こした事件であることは明白です。だから、再発を防止するには、人事権を持つ当局者が職員を圧迫しようとしたときにそれを防止するものでなければなりません。しかし、今回公表されたものは、この辺が全く考慮されていないようです。

 全体に、どこか先行自治体の要綱等を拝借したのか、作文としては良くかけていると思います。しかし、田布施町での経緯からすると、当局者が、自分たちでパワハラ事件を起こしておきながら、職員に向かって「みんなで反省しよう!」と言っているような的はずれの印象を禁じえません。

 

外部窓口の充実が不可避

 ハラスメント防止要綱では、ハラスメントがあった場合の通報・相談窓口は、総務課になっており、「ただし、必要に応じ外部の機関に委託することができる」とされています。

 必要性を判断するのは誰でしょうか?先般のような町当局によるパワハラがあった場合、被害者は総務課などに相談する気になるはずがありません。被害者が外部窓口を切望したときに用意されていないのでは、役に立ちません。

 外部窓口は、「必要に応じ」などと言わず、あらかじめ用意しておき、その役割や権限についても定めておかなければ、役には立たないでしょう。

 

 全体に、「対策を講じました」というアリバイづくりのような印象を持ちました。

 これも、事実関係の解明や原因究明が途中で放棄されたせいかもしれません。もっと真面目に再考されることを期待しています。

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 明日の4月25日から東京都など4都府県に3度目の緊急事態宣言の発令が決まりました。3月21日に2度目が解除されてから、わずか1か月余りです。この政権の愚かさ、無責任さに、あきれる思いです。

 

責任を取って辞任が当然

 3月に2度目を解除する際、すでに再拡大の兆候が表れており、心配する声が圧倒的でした。それに対して、基準がどうのと言って強行したのです。再拡大を心配した質問に対して、菅首相は「再び宣言を出すことがないよう対策をやるのが責務だ。」と答えています。そのことの責任をどうとらえ、どう責任を取るつもりなのでしょうか?

 あの状態で宣言を解除する以上、再拡大して3度目の宣言を発しなければならないような状態になってしまった場合は責任を取って辞任するくらいの覚悟でなければならなかったはずです。

 

伝統的な「バカの壁」

 目に入っているのに見ようとしないものは見えない、脳が認識しない「バカの壁」のような現象は、日本の指導者の得意技のようです。

 危険であることが分からないはずがないのに、分かろうとしないから、それが見えない。古くは無謀な戦争に突入していった軍部、最近では、日本を滅ぼしかねない危険を無視して突き進む原発推進、2021年東京オリンピック、そして3月に行った新型コロナの緊急事態宣言解除・・・。

 徹底的に感染を封じ込めてから解除すれば、第3波、第4波はなかったでしょう。経済を動かすのを急ぎ過ぎ、あるいは東京五輪中止の声が広がるのを恐れ、中途半端な対策を繰り返して、結果的に国益を大いに害してしまいました。万死に値します。この点では中国や台湾の政府を見習っていただきたいものです。

 

 今に至れば、3度目の緊急事態宣言はやむを得ないでしょう。今度こそ、次の再拡大を招いたら辞職する覚悟で、徹底的な封じ込めをお願いします。

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 20145月に福井地方裁判所で、関西電力大飯原発運転差止めの判決が言い渡されました。著者は、その裁判長で、その後定年退官された元裁判官です。

 

本書の主張の概要

 日本の原発の危険性に警鐘を鳴らし、運転中止を主張する内容です。

 著者自身の要約によれば、

①原発は事故を起こすと日本の存続を危うくするほど甚大な被害を発生させる。

⓶それ故に原発には極めて高度の安全性が求められる

⓷地震大国の日本では、原発には極めて高度の耐震性が求められる

日本の原発の耐震性は極めて低く、平凡な地震によっても危険が生ずる

⑤よって、原発の運転は許されない。耐震性の低さを正当化する学問的根拠はなく、原発の運転を続ける社会的正当性もない。

ということです。特に、①⓸⑤について、根拠を示しつつ、詳細に説明されています。

 私自身の立場は、「原発は万一の事故の場合に日本の存続を危うくするほどの被害を生じさせる可能性があるから、そんな危険なものは即時廃炉」です。著者は、そのような立場にも理解を示しつつ、それではそこで議論が終わってしまうので、高度な安全性が確保されることを条件に運転を認めるという立場にたって、議論を進めておられます。

 その上で、日本の原発は運転を認められないという結論を導いておられます。

 

甘すぎる審査基準

 原発には極めて高度の安全性が求められることは、原発に賛成の人でも認めることでしょう。理性的な人ほど、「だから大地震にも耐えられるように作られているはずだ。」と思い込んでしまうと著者は指摘します。私も、各原発は過去に起こった最大の地震よりもかなり強い地震が来ても大丈夫なように設計されているはずだと思っていました。しかし、それは誤りだったようです。

実際は、原発はかなり脆弱で、その証拠にはこれまでも設計上の耐震強度を超える地震が何度か発生しています。大きな事故がなかったのは、運が良かったのでしょう。地震が発生して、住宅などの建物は倒壊しなくても、原発の配管などが毀損することも大いにあり得ます。

福島の事故の際、東日本が壊滅せずに済んだのは、奇跡というべきいくつもの偶然が重なったおかげであることは聞き知っていましたが、その具体的な詳細も本書で初めて知り、あらためて背筋が寒くなりました。
 著者は、3.11で原発はそれほど安全ではないこと、事故の際には回復不能な被害を生じさせることを知った我々の世代には大きな責任があると指摘しています。これほどの危険を知らないふりをして、将来世代を危険にさらすような無責任なことは許されません。

 

 本書に対する反論は、まだ政府、推進派の専門家から聞こえてきません。反論があるのなら緻密に反論していただきたいと思います。

 原発を容認する人にとっても、即時廃止を主張する人にとっても、本書は必読書だと思います。本書を読んでいない人は、原発容認の主張をする資格はないと思います。

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