地方自治日記

地方自治に誠実に取り組んできた県職員OBです。県の市町村課に長く在職したほか、出納局、人事委員会などのいわゆる総務畑が長く、自治制度等を専門分野としてきました。県を退職後も、時々、市町村職員などの研修で、自治制度、公務員制度、文書事務などの講義もしています。 単に前年どおりに仕事をすることが嫌いで、様々な改革・改善に取り組んできました。各自治体の公務員の皆様には、ぜひ法令を正しく合理的に解釈し、可能な限り効率的、効果的な行政運営をしていただきたいと願っています。

2021年08月

 楽しみにしていた横浜市長選挙が期待どおりの結果に終わり、私の次の興味は、自民党の総裁選挙に移りました。
 注目している点は2つです。

 まず、石破氏は結局出馬するのかどうか?早いころは、「ここで政治空白を作って総裁選挙を行うことに国民がどう思うか?」など、出馬に否定的なニュアンスでしたが、8月29日ころの状況では出馬するかもしれない感じになっているようです。
 石破氏が出馬しようと断念しようと総裁選は行われるのです。であれば出馬し、党員の選択肢を増やすのもありだと思います。彼にとっても本当に最後のチャンスでしょうから。

 次は、党員票の出方です。その出方によっては、現在菅首相支持を表明している派閥の領袖なども、手の平を返すでしょう。もしかしたら、菅首相支持を表明しながら、手のひらを返して新しい総裁誕生のきっかけを作るチャンスを狙っているのかもしれません。菅首相では総選挙を戦えないことは承知しているでしょうから 

 石破氏を除く総裁選候補の出馬決意の弁を29日の報道で見ていて、菅首相よりはだいぶ良さそうだと感じています。多くの国民も私と同じ感想でしょう。加計学園との不透明な関係を指摘されていた元文科省は出馬断念という朗報も入りました。

 これで結局菅首相の再選になったら、国民のがっかり感は半端ではないでしょう。

 野党もヤキモキしているでしょう。菅首相の下での自民党との戦いなら、総選挙は楽勝というと言いすぎかもしれませんが、かなり有利な戦いになるのは間違いありません。でも、総裁が替わってしまうと、戦いの様相は一変します。
 コロナ対応の失敗は安倍政権、菅政権の失敗だったのではなく、自民党政権の失敗だったことを国民に徹底的に印象付ける必要があります。でも忘れっぽい国民性だから・・・。

 これからの1か月、なかなか楽しめそうです。

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 8月27日、秋田県由利本荘市で、市内の総合病院で職員の新型コロナへの感染が判明したことを受け、市教育委員会の指示により同病院で働く職員の子どもら約250人が小中学校から早退させていたことが判明しました。市教委は、市内の複数の小中学校に対してその病院で働く保護者に児童らの早退を要請するよう指示し、承諾した保護者の児童や生徒ら約250人を早退させたとのことです。
 医療従事者への差別を引き起こしかねない行為で、まだこんなことをする役所があるのかと驚きました。 

判断の甘さか?
 市教委が各学校にその病院の職員の子供たちの早退を要請するよう指示したとき、対象となる児童生徒が250人以上もいるとは考えていなかったのかもしれません。もし、そんなにいると知っていれば、初めから全員の早退を指示していたかもしれません。
 濃厚接触者が判明していれば、その職員の同居の子供は早退を要請してもやむを得なかったと思いますが、一律の要請は明らかに乱暴でした。各保護者に電話で早退を要請した学校教職員は、さぞ気が進まなかっただろうと想像しています。 

医療従事者への感謝の気持ちがあれば
 想像するに、この総合病院は同市の医療を中心的に担っている病院ではないかと思います。
 今回の市教委の行為は、医療を支えてくれている医療従事者に対して、恩を仇で返すような行為です。この病院の医療従事者ばかりでなく、全国の医療従事者の心を傷つけてしまったでしょう。
 感謝の気持ちが感じられず、軽はずみで済ませるには、あまりに重い失策でした。

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 横浜市長選挙は、大方のマスコミが予想していた通り、菅首相に近い候補の大敗、野党系候補の勝利に終わりました。最悪の事態を避けられた横浜市民の皆さまにお祝い申し上げます。私も安心いたしました。 

 この市長選挙前後の自民党内の動きは、難しすぎて私のようなシロートの理解を超えています。部分的にはマスコミや有識者の解説で理解できるのですが・・・。
 若手の自民党議員らが、総選挙前に自民党総裁選挙を行って新総裁の下で選挙を戦いたいと動いていることは理解できます。菅首相の下での選挙となれば、コロナ施策の失敗等で有権者の批判を集め、討ち死に続出が必至でしょうから、当然の動きです。

 しかし、派閥の長などの大物議員の間で、菅首相の温存を図る動き、再選を支持する動きがあることは、理解が困難です。彼等とて菅首相の下での総選挙を行えば自民党が大敗するであろうことを予期していないはずはありません。それでも菅首相の下で総選挙を迎えようとしているのです。
 総選挙後、大敗の責任、コロナ失策の責任を全て菅首相に負わせて政治生命を終わらせ、その後に自分または自派に有利な展開を狙っているのでしょうか?大物議員は、自分が落選することはないと思っているでしょうから。党利党略ですらなく、派利派略、私利私略でしょうか? 

 菅首相の動きも理解がやや困難です。横浜市長選挙でも、自分が支援などすれば候補者の不利に働きそうなことは客観的に情勢分析していれば分かったはずだと思います。それにもかかわらず動いて、候補者の政治生命を絶ってしまいました。
 これは、識者の分析によれば、正確な情報を首相に伝えようとする人がおらず、取り巻き連中は首相が喜びそうな楽観的見通しばかりを具申しているためではないかとのことです。直言する人を左遷したり遠ざけたりし、耳触りのいいことを言う人ばかりを周りに集めた弊害です。 

 対する野党もあまり期待できそうな気がしませんが、総選挙はどちらがマシかという寂しい選択になってしまうのでしょうか?

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 818日の夜、東京都教育委員会が開催され、24日から始まる東京パラリンピックにおいて学校連携観戦チケットによる子どもたちの会場での観戦について「報告」されました。それに対し、出席した委員全員が感染の急拡大を理由に反対しましたが、都の教育庁は「現場から強い希望がある」などとして、実施を前提に準備を進める考えを示しています。
 この報道を見て、教育委員会制度の形骸化を感じました。

 私も某県の教育委員会の事務局に通算4年勤務しました。でも、下級幹部だった平成17年度が最後で、平成27年に施行された教育委員会制度の改革後は経験がありません。その当時の感覚からすると、委員が全員反対しているのに事務局が強行するなど、考えられないことで、暗い気持ちになりました。あの「改革」によって、教育委員会制度が形骸化してしまったようです。
 教育委員会制度は、レイマンコントロールといって教育行政を一般市民(レイマン。教育や行政の素人)の健全な常識のコントロールに委ねようとするものです。
 「改革」以前は、教育委員会を代表するのは非常勤の教育委員の中から互選された委員長で、教育長は事務局の長という位置づけでした。それが今は、首長が直接任命した教育長が教育委員会を代表して教育行政の責任者のようになり、委員会は意見を言うだけの存在のようです。
 以前の制度の弊害も理解していますが、ここまで骨抜きにしてしまうとは・・・。 

 報道では、委員からは、「今は非常事態。リスクを背負って行くほうが教育としてもマイナス。」「今、寄り添うべきは医療体制。テレビによる観戦でも教育の効果はある。」等の意見が出たとのことです。もっともだと思います。
 会場ならではの雰囲気もあるかもしれませんが、競技の様子、選手の表情などはテレビの方がよく見えるでしょう。不要不急の外出を止めるよう呼び掛けている中、リスクを冒して子供たちを移動させる意味はありません。委員が言われるように、今は医療に寄り添うべき時です。
 「現場から強い要望」というのも、「本当?」という気持ちです。
 都教育庁幹部も、教育委員と対立などしたくはないはずです。それでも強行しようとしているのは、都知事の意向だろうと疑っています。

 知事の意向などに惑わされず、都教育庁には賢明な判断をお願いします。

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 著者は、ホスピスなどに勤務された緩和ケア医で、多くの患者の終末に立ち会っておられ、緩和医療や死生観について講演、執筆活動もされています。

本書は、「健康・医療編」「心理編」「社会・生活編」「人間編」「宗教・哲学編」「最終編」の6章で、25の後悔することが紹介されています。

まだ若い人が何の準備もないまま死に臨めば、心残り、後悔がたくさんあるでしょう。でも、少しでも準備をしておけば、後悔は減るはずです。この準備は、若いうちに始めるべきです。

私は、幸い、子育ても終わり、数年前から終活も始めているので、後悔は少ないと思います。でも、終末期の後悔の種を少しでも減らせればと思い、本書を読んでみました。

 

健康・医療編では、「健康を大切にすればよかった」(ドック等をきちんと受診しておけばよかった)、「タバコなど吸わなければよかった」等に加え、治療についての希望をちゃんと誰かに伝えておくべきことが述べられています。

心理編では、「悪事に手を染めたこと」「他人に優しくしなかったこと」などが紹介されています。終末期には「悪いことをした報いとして今の苦痛がもたらされてしまった」のようなスピリチュアル・ペイン(魂の痛み)ということもあるそうで、これはつらいもののようです。私は、今のところそれほど悪いことをした覚えはありませんが、注意しなければなりません。

社会・生活編の「遺産をどうするかを決めなかったこと」は難しい問題のようです。決めてしまったことによって、その後の介護に影響が出る可能性もあるようです。私は、資産のリストだけはきちんと整理しておき、分配は家族に任せようと思っていましたが、もう一度よく考えてみます。私が決めておいた方が、家族は助かるかもしれません。

 

やはり、期待通り、終活を進めていく上での「気づき」をいくつか得られました。

終末期に後悔することが皆無というのは難しいでしょうが、準備できることは準備し、後悔を少しでも減らせるよう頑張ろうと思います。

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