6月18日、東京電力福島原発の事故について、最高裁が国の責任を否定する判決を下しました。この判決には納得できませんが、原発事故が起こった場合、原発を強引に推進していた国が賠償責任を負わないということであれば、原発の早期廃止を求める声に拍車がかかるでしょう。
あの事故による避難者は、生活を破壊され、元の生活に戻れないにもかかわらず、十分な補償を受けていません。結局、泣き寝入りしろということでしょうか?
想定外の災害も想定が当然
今回の裁判で、原告側は、政府の地震調査研究推進本部がが2002年に公表した地震予測長期評価に基づけば巨大津波の襲来は予見できたと主張しました。それに対して最高裁は、「仮に国が規制権限を行使して東電に必要な措置を講じていても、津波による大量の浸水を防ぐことができなかった可能性が高い」と予見可能性についての判断を避けました。
国は、自治体や住民に対し、以前から原子力防災計画、避難計画の策定、訓練の実施を求めています。想定内の災害ならば住民が避難しなければならないような事故に至るはずがないので、想定外の災害発生を漠然と想定し、自治体や住民に準備と覚悟を求めているのでしょう。
また、現在は、原発がミサイル攻撃を受けたり、テロ攻撃を受けたりすることも、少なくともマスコミや私は想定しています。もし政府が、「そんなことは想定していない」と主張するなら、そんなアホな政府は不要です。
このような判決は有害
今のような「具体的予見可能性」を重視するような裁判の傾向に、危惧を感じています。国などが、危険予測の調査結果などを隠したり、調査の実施事態を躊躇するようになってしまったりするのではないかという心配です。
国などに対しては、「予見しなかった責任」「予見を怠った責任」も追及すべきでしょう。
結局、原発の存続は許されない
具体的に想定していなかったレベルの災害が発生したときに、許容できないほどの被害(日本、地域が壊滅するなど)が生じるような施設は存続させてはいけないでしょう。また、被害を防ぐための莫大な投資をすることは、危険の少ないエネルギー源と比較してペイするはずがありません。
政治家の皆様には、理性的な判断を期待したいと思います。
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