地方自治日記

地方自治に誠実に取り組んできた県職員OBです。県の市町村課に長く在職したほか、出納局、人事委員会などのいわゆる総務畑が長く、自治制度等を専門分野としてきました。県を退職後も、時々、市町村職員などの研修で、自治制度、公務員制度、文書事務などの講義もしていました。 単に前年どおりに仕事をすることが嫌いで、様々な改革・改善に取り組んできました。各自治体の公務員の皆様には、ぜひ法令を正しく合理的に解釈し、可能な限り効率的、効果的な行政運営をしていただきたいと願っています。

2023年08月

 山口県上関町長が、8月18日、中国電力と関西電力が設置を目指す原発の使用済み核燃料の中間貯蔵施設について、建設に向けた調査を容認する意向を表明しました。ニュース映像で、町長が「建設と調査は別」と言っていましたが、議会でもそのような説明をしたようです。

 上関町といえば、中国電力の原発建設予定地もありますが、あれとは別の土地のようです。あの原発計画は、福島原発の事故の影響で頓挫し、もう中止になったのかと思っていましたが、まだ諦めていなかったのですね。

 

町長の言い分は反道徳的

 町長の「建設と調査は別」という言葉は、道義に反する、非常に反道徳的な言葉です。

 町長自身は原発推進派のようですから、調査の結果で適地と判定されれば建設を受け入れるつもりなのでしょう。住民に「建設と調査は別」などというのは、それを誤魔化すものです。

 さらに、あの言葉は、「調査だけさせて、建設についてはノーと言うこともでき、交付金などを食い逃げすることもできますよ」と示唆するものです。恩恵だけ受けて負担は拒むというのは、いかに相手がその条件を提示していたとしても、道義に反する行為です。それを住民に示唆しているのです。子供たちに対して恥ずかしくないのでしょうか?

 調査を受け入れる場合、適地と判定されたときは建設も受け入れることを住民が了解してからでなければ、反道徳的です。

 

かけがえのない自然が

 電力側が「建設と調査は別」という条件を出しているのは、甘い蜜を吸わせてしまえばもう戻れなくなり、結局は建設も容認されるるという期待があるのでしょう。

 また、町長は「最終処分場になるとの考えは持っていない」と述べていますが、現実問題として最終処分場を受け入れる場所が見つからなければ、そこに置き続けるほかはありません。

 中間処理施設による経済的恩恵にどっぷりと浸かってしまえば、原発も受け入れたくなるでしょう。

 「奇跡の海」ともいわれる自然を守るには、早めに住民投票を実施するのがいいのではないかと思います。かけがえのない自然を、美しいまま子や孫に残していただきたいものです。

 私の県も、人口の急激な減少と財政難で悩む自治体が多いので、麻薬に手を出したくなる気持ちは分かりますが、こんなことをすれば取り返しがつきません。町当局の姿勢は、「貧すれば鈍する」そのものです。反対派住民が役場を取り囲むのも当然です。


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 ネットでニュースのチェックをしていて、興味を惹かれる記事を見つけました。ダイヤモンドオンラインの「ビッグモーターが「鬼滅の刃の鬼舞辻無惨」に成り果てた当然の理由、”稲盛経営”導入もなぜ?」という長いタイトルの記事です。8月14日に配信されています。

 私は、ビッグモーターの事件や稲盛和夫氏の経営哲学に関心があり、鬼滅の刃のファンでもあるので、読んでみないわけにはいきません。また、私は、以前から、稲盛イズムを標榜する企業の中にブラック企業があることに憤りを感じてもいました。

 「稲盛イズムの悪用とやりがい搾取」 参照願います。

 

ビッグモーターの失敗の原因

 記事を読むと、「稲盛氏の「経営12カ条」とビッグモーターの経営計画書(経営の原点12カ条)は、一字一句違わない。ビッグモーターによる完全なるコピー・パクリである。」とのことです。たしかに、読んでみるとそのとおりです。稲盛氏の「経営12カ条」がいかに優れたものとはいえ、それを丸ごとパクるというのは、付け焼刃であることを自白しているようなものです。

 稲盛氏が著書や講演で「商売人」やリーダーに繰り返し求めておられたのは、「高い倫理観」です。それなくして、一方の「数字の見える化」ばかり追求した結果が、今回の事件の根本原因のようです。

 記事の筆者は「「稲盛経営=もうかる」とだけ考えて安易に導入しようとした企業は、いつしか破綻を迎える。現場の数値を完全に見える化し、経営が現在の状況を瞬時に把握できるというのは強力な武器である。一方、それと同時に、その数字管理のしやすさが社内のモラル低下を招くのだ。」と指摘しておられます。

 

経営12カ条の唯一の欠点も

 あの記事の指摘は的確だと思います。それに加えて私が指摘したいのは、「経営12カ条」の分かりにくさです。

 稲盛氏の著書等を読めば、氏の経営理念の根底が「会社は全従業員の物心両面の幸福を追求する」であることがよく分ります。しかし、あの12カ条の文言からはそれが伝わりにくく、玉に瑕だと思います。

 それが、稲盛イズムを標榜するブラック企業を生み出す一因ではないかと私は考えています。

 

 盛和塾のメンバーを始め、稲盛イズムを信奉される経営者の皆さまは、よくよく注意していただき、ブラック企業を仲間内から出さないよう、ご注意いただきたいと思います。このままでは、稲盛氏の名声に傷が付いてしまうかもしれません。

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 先月(2023年7月)20日、定年再雇用者の給与について、最高裁小法廷が、「基本給の大幅減少は不合理」と判断した二審判決を差し戻し、審理を名古屋高等裁判所に差し戻す判決を言い渡しました。私は、ニュースを見て、最高裁がこの格差を容認したのかと少し驚きましたが、詳しく見るとそうでもないようです。

 

高裁の審理不足を指摘

 この事件の2人の原告は、名古屋自動車学校の正社員として30年以上、教習指導員を務めていました。それぞれ2013年と2014年に60歳となった定年退職した後、嘱託職員として5年間再雇用されていました。再雇用では、定年前と業務内容は変わらなかったにも関わらず、基本給が定年前の約16万~18万円から約7万~8万円に減少し、その金額は、同社の入社後1~5年未満の正社員の基本給、約11万円を下回る金額だということです。

 原告2人は、この基本給の大幅減少を「正社員との不合理な格差に当たる」と主張し、定年前の賃金との差額の支払などを求める訴訟を名古屋地方裁判所に提起しました。名古屋地裁は、定年前と同じ業務内容であったにも関わらず基本給が正社員時の6割を下回り、新人正社員をも下回る水準だった事実を重視して「不合理な待遇格差」に当たると判断し、自動車学校側に約600万円の支払いを命じました。

 しかし、双方とも判決を不服として控訴し、名古屋高裁は1審の判決を支持しました。

 それに対して最高裁は、「労働条件の違いの合理性は、基本給の性質や支給の目的を踏まえて検討すべき」との判断枠組みを示し、再雇用者において役職就任が想定されていないこと等を指摘し、「再雇用の嘱託社員の基本給は、正社員の基本給とは異なる性質・支給目的があるとみるべき」としました。そのうえで、2審ではこうした基本給の性質などの違いについて検討が不十分であるとして、高裁に審理のやり直しを命じて差し戻しました。

 

かなり面倒な認定になりそう

 これまで、私も含め、再雇用の給与は定年前の給与の6割がギリギリのセーフで、それを下回ると違法になるという相場観があったように思います。地裁、高裁の判決は、その一般的な認識に従い、それに対して最高裁は、もっと詳細に審理するよう促したということでしょうか?

 ただ、最高裁の注文は、とても難しい注文に感じます。雇用者自身、基本給の目的や性質など、あまり意識していないでしょう。社会一般の通念から導くのでしょうか。

 個々の労働者の事情は勘案できないでしょう。再雇用とはいえ、まだ子育て中の人もおり、家族の生活を支えなければならない人もたくさんいます。また、扶養家族がいないから薄給でいいという訳にもいかないでしょう。

 

一般的には再雇用後は仕事が異なる

 裁判になっているケースは、本件も含め、定年前後で同じ仕事に従事しているケースが目立ちます。公務員などは、定年前後で責任の度合いも仕事内容も全く異なるケースがほとんどで、比較するのも無意味です。

 年齢による給与体系の違いはもちろん、定年制そのものも「年齢による差別」として違法とされる諸外国と比べ、日本社会は少し異質のようです。

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 冒頭の「前口上」、コロナ禍の自粛ムードの中、主人公の輝明と同棲中の彼女(あさひ)とのこんな会話でスタートします。

 「これ、今のうちに婚姻届出したら、式とか挙げなくて済むんじゃないか?」

 「天才かきみは」

 そして、親族を集めた結婚式などしたくない理由を説明する形で、2人が付き合い始めた高校3年生の場面にさかのぼって物語が展開し、最後の「納め口上」ではZoomを使ったリモート婚(参加は高校大学の友人のみ)で締められます。

 

 輝明もあさひも、子どもの頃の親からの仕打ちで、心に傷を負っています。2人のほかにも、親からの虐待で心に傷を負った人が何人も登場します。また、東日本大震災、原発事故からの避難という重い経験も、たくさん出てきます。

 一方、この小説のテーマは「期待」なのでしょう。輝明があさひへの愛情を自覚し始める場面で、アベノミクスの説明を絡めて「期待」について経済学的な説明をしながら、輝明の幸福への期待も語られます。

 「景気がよくなるだろうという期待」から、「人は手持ちの金を貯め込まずに使い始める」「誰かが使った金は、誰かが稼いだ金になり、誰かが借りた資金の分だけ、国内のマネーは増加する。失業は減り、賃金は上がり、緩やかなインフレという名の物価の安定が訪れる。」「俺は今『期待』している。」

 題名もとても今日的です。昔の若者のように、「明るい未来を信じる」とか「大きな夢を持つ」とかまではできず、「少しは期待している」のです。「まだ」が付いているのは、親にひどい目に合わされたり、災害にあったりしたけれど、まだ幸せになれるかもしれないという、いじらしい期待です。

 若者が大きな夢を持ちにくい社会、国を残してしまった我々中高年世代は、若者が少しでも幸せになれるよう努める責任がありそうです。

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 また日大の不祥事です。2018年のアメフト部の悪質タックル事件をきっかけに、2021年には田中前理事長の脱税などが明るみに出て辞任に追い込まれ、体制立て直しのため2022年からOBで著名な作家である林氏が理事長に就任されていました。

 今回のアメフト部の違法薬物事件を見ると、改革はまだまだ進んでおらず、幹部連中の中にも不適格者がかなり残っている印象です。彼らを排除しなければ、改革は進まないでしょう。今回の事件は、不適格者をあぶりだすチャンスかもしれません。

 

数々の判断誤り等の責任者を特定せよ

 大麻使用の情報が再三あり、怪しいブツまで見つかっている状況で、なぜ正式に警察に相談しなかったのか、その判断をしたのは誰か、理事長まで伝わっていない情報があったとすれば誰が情報を止めたのか、責任者を明らかにしなければなりません。

 私の古巣の県庁では、悪い情報は一刻も早くトップまで伝えるように徹底されていました。対応策を考えてから上に伝えたくなる気持ちもありましたが、そのために伝達が遅れることは許されませんでした。詳報や対応策は、第2報以降で伝えればいいのです。

 今回の日大のような判断誤りは、組織人としては失格であり、そんな幹部を職にとどめておいては組織の立て直しなどできません。

 

危機管理学部があったはずだが

 日大には、他の大学ではあまりない「危機管理学部」があります。そこのスタッフは、自分の大学のこの体制を見過ごしていたのでしょうか?また、大学幹部は、大学の危機に際して、「危機管理の専門家」である彼らに相談しなかったのでしょうか?

 大学の危機に対して何もできなかったとすれば、この危機管理学部の存在価値に疑問符が付かざるを得ません。つまり、これは危機管理学部の危機でもあったのに、彼らは何もできなかったのか?

 これでは、ここで学ぼうとする学生などいるのでしょうか?

 おそらく林理事長も嫌気がさしていると思いますが、途中で投げ出すわけにはいかないでしょう。健闘を期待します。


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