山口県上関町長が、8月18日、中国電力と関西電力が設置を目指す原発の使用済み核燃料の中間貯蔵施設について、建設に向けた調査を容認する意向を表明しました。ニュース映像で、町長が「建設と調査は別」と言っていましたが、議会でもそのような説明をしたようです。
上関町といえば、中国電力の原発建設予定地もありますが、あれとは別の土地のようです。あの原発計画は、福島原発の事故の影響で頓挫し、もう中止になったのかと思っていましたが、まだ諦めていなかったのですね。
町長の言い分は反道徳的
町長の「建設と調査は別」という言葉は、道義に反する、非常に反道徳的な言葉です。
町長自身は原発推進派のようですから、調査の結果で適地と判定されれば建設を受け入れるつもりなのでしょう。住民に「建設と調査は別」などというのは、それを誤魔化すものです。
さらに、あの言葉は、「調査だけさせて、建設についてはノーと言うこともでき、交付金などを食い逃げすることもできますよ」と示唆するものです。恩恵だけ受けて負担は拒むというのは、いかに相手がその条件を提示していたとしても、道義に反する行為です。それを住民に示唆しているのです。子供たちに対して恥ずかしくないのでしょうか?
調査を受け入れる場合、適地と判定されたときは建設も受け入れることを住民が了解してからでなければ、反道徳的です。
かけがえのない自然が
電力側が「建設と調査は別」という条件を出しているのは、甘い蜜を吸わせてしまえばもう戻れなくなり、結局は建設も容認されるるという期待があるのでしょう。
また、町長は「最終処分場になるとの考えは持っていない」と述べていますが、現実問題として最終処分場を受け入れる場所が見つからなければ、そこに置き続けるほかはありません。
中間処理施設による経済的恩恵にどっぷりと浸かってしまえば、原発も受け入れたくなるでしょう。
「奇跡の海」ともいわれる自然を守るには、早めに住民投票を実施するのがいいのではないかと思います。かけがえのない自然を、美しいまま子や孫に残していただきたいものです。
私の県も、人口の急激な減少と財政難で悩む自治体が多いので、麻薬に手を出したくなる気持ちは分かりますが、こんなことをすれば取り返しがつきません。町当局の姿勢は、「貧すれば鈍する」そのものです。反対派住民が役場を取り囲むのも当然です。