新聞の読書欄の書評を見て読みたくなりました。副題は「内村鑑三、遠藤周作から渡辺和子、オンライン教会まで」です。
本書の末尾に、キリスト教「入門書」の分類があります。①信仰・伝道系(伝道者、聖職者等が自己の体験や聖書を語り、入信を促すもの)、②人生論系(キリスト教の倫理観等をより善く生きるための知恵や助言として一般化したもの)、③知識・教養系(異文化理解や国際的教養として学びたい人向けに学者やジャーナリストが解説するもの)、④エンタメ系(物語として楽しむもの。著者が①として書いても読者の受け止めが④のことも多い)です。
私が求めるのは、③です。というのも、私は、「ロビンソン・クルーソー」を読んでキリスト教の傲慢さに腹が立ち、あまり好きではないからです。
「「ロビンソン・クルーソー」(デフォー)を読み返す」 参照願います。
③人生論系で、近年最も読まれたのは、2012年に発刊され大ベストセラーになった「置かれた場所で咲きなさい」(渡辺和子)です。私は、県庁で私立学校関係の仕事をしていた2008年に、著者と名刺交換させていただく機会がありました。今も保管しているその名刺の肩書は「学校法人ノートルダム清心学園理事長」になっています。その時は大ベストセラー前で全く存じ上げなかったのですが、シスター服を着ておられたのが印象に残っています。9歳の時、226事件でお父上が反乱軍に惨殺されたのを間近で見ておられたなど、壮絶な体験をされた方です。
本書の冒頭で、日本のキリスト教徒の少なさと、文化的広がり(キリスト教系の学校の多さ、結婚式の約半数がチャペルなど)の落差が指摘されています。戦後の占領政策としてマッカーサーが日本のキリスト教化を図り、ほとんど国教のような扱いだったにも関わらず、一時的なブームに終わって信者は増えなかったようです。その謎の答えについては様々な人の仮説が紹介されており、どれも納得できます。
本書では、副題にある内村鑑三、遠藤周作、渡辺和子の他にも多くの才能のある日本人がキリスト教徒として生きたことが記されています。新渡戸稲造、賀川豊彦、南原繁、矢内原忠雄、椎名麟三、三浦綾子、曽野綾子などです。その入信のきっかけについても紹介されている人もいますが、やはり私には、なぜあんな教えを信じることができるのか、理解できません。
本書には、今まで知らなかった興味深い人々が紹介されています。また、多くの「入門書」も紹介されています。また読みたい本が増えてしまいました。
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