新型肺炎の拡散を防ぐために中国の武漢が外部との交通を遮断され、封鎖されたニュースを見て、若い頃に読んだこの小説を思い出し、もう一度読んでみました。
この小説は、フランスの植民地時代におけるアルジェリアにあるオランという都市が舞台です。この都市で、ある年の4月に、急に大量のネズミが往来などに出てきて苦しんで死に出すことから始まります。ペストが蔓延していき、行政の措置で、外部との行き来が禁止され、市が閉鎖されます。その閉鎖は、ペストが終息するまで半年以上続きます。
ペストと診断することは、ほぼ死の宣告に等しく、家族とも引き離されます。閉鎖された市の中でその対応を続けることになる誠実な若い医師の苦悩を中心に、周辺の人々の人間模様が描かれます。
物語の本筋ではないのですが、長年行政に携わってきた私がまず心に残ったのは、行政がペストの発生を認定するまでのためらいです。毎日100人単位で患者が死に、いろいろな徴候がこれはペストであることを示しているのに、県の幹部、県の保健委員会の幹部(医師たち)は、「もしかしたらペストではないかもしれない」という希望にしがみつき、公表や対応が遅れます。
この現象は、「正常性バイアス」といって、自分にとって都合の悪い情報を過小評価し、無視しようとする人間の心理です。今回の武漢市をはじめ、未だに多くの場面で(行政だけでなく企業などでも)観察される現象です。津波の危険を知りながら、「たぶんそんな巨大津波は来ないだろう。」と考えて対策を講じなかった東京電力が典型です。
さまざまな危険性が指摘されているのに、原発を再稼働させようとしている人たちもいます。冷静に、最悪を想定して行動しなければなりません。
主人公の医師をはじめ、保健隊(医師等を手助けして様々な保健衛生業務を担うボランティア集団)のメンバーなど、特別にヒロイックな気持ちではなく、義務感から辛い仕事を続ける人々が登場します。
ペストの流行が突然終わり、市の閉鎖の解除が発表されて、市内が歓喜に包まれる中、主人公と苦労を共にしてきた友人がペストに倒れ、亡くなります。その翌日、別の病気で市の閉鎖前から市外の療養所で療養していた妻が息を引き取ったという電報を受け取ります。
このような「不条理」に遭遇した時、自分はどのように振る舞うことができるか、あらためて考えさせられます。
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