日本語訳の本書は「転売屋は社会に役立つ」という副題が付されていますが、1976年に米国で出版された原書は、Defending the Undefendable(擁護できないものを擁護する)という題名のようです。その題名の通り、一般的には極めて不道徳だとされている売春婦、ポン引き、ダフ屋、麻薬の密売人などは自由市場において役割を果たしているとして、存在価値を認め、称賛しています。本書は際物ではなく、ノーベル経済学賞受賞者のフリードリッヒ・フォン・ハイエク氏も絶賛しているとのこと。

 

リバタリアニズムとは

 本書は、リバタリアニズム(国家の干渉を極力排除して市場経済に任せる、自由主義を徹底した考え。自由原理主義。)を紹介する本です。日本では「オバタリアン」という言葉があるため、リバタリアンとかリバタリアニズムはそれと同類のように思われ、いかがわしい語感ですが、米国の政治を理解するうえなどで、大事な言葉のようです。

 先制攻撃としての暴力や、暴力による脅迫などは国が取り締まって当然ですが、それ以外の行為(例えば、誹謗中傷など)は禁止せずに自由にすべきという考えです。この辺が、一般的な「リベラル」との大きな相違点です。

 一般的な「リベラル」とは、目指すところが逆になることが多い考えです。

 

いくつかの例

 麻薬が社会に及ぼしている害のほとんどは、国家がそれを禁止しているところから発生しています。国家が禁止しなければ、麻薬の価格は妥当なものになり、麻薬中毒者が犯罪に走ったり、マフィアの資金源になったりすることもないというわけです。過度に摂取すると健康に害を及ぼす可能性があることは、タバコ、アルコール、ポテトチップスなどと同様です。現に、合法化する国が増えつつあります。

 売春も、誰の権利を侵害しているわけでもありません。自分の保有している資本(性的魅力)を運用することによって悲惨な生活に陥ることを避けられるなら、その選択肢を他人が否定することは、余計なおせっかいです。

 誹謗中傷が禁じられていなければ、ネットは事実無根の誹謗中傷で溢れるでしょう。そうなれば、人々はネットなどで流されるデマを簡単には信じないようになります。また、そもそもある人の名声などは他人の頭の中にあるもので、名声の主の所有物ではありません。奪い取ったり、取り戻したりできる物ではありません。

 

 愛知トリエンナーレで慰安婦像の展示などを支持するリベラルは、韓国・朝鮮の人たちに対するヘイトスピーチは禁止すべきと主張する場合が多いようです。それによって心が傷つく人がいる点では同じ事で、一方を容認し、一方を容認しないのは、二重の基準と言わざるを得ません。どちらも禁止すべきでないと考えるのがリバタリアンのようです。 

 

 理屈を突き詰めればリバタリアンが正しそうですが、やはり私はそこまでは割り切れません。

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