本書は、ハーバード大学で著者が行っている「Justice(正義)」という名の講義を書籍化したものです。学生に大変な人気だったため、大学が一般にも公開し、2010年には日本でも「ハーバード白熱教室」として放送されて話題になりました。

 アメリカの社会では、日本以上に、何が正義であるか、どうすることが公正であるかが問題になり、法廷に持ち込まれるようなこともあります。例えばアファーマティブ・アクション(積極的差別是正措置)です。黒人などマイノリティーの社会的地位を向上させるため、大学入試や採用試験などの際にマイノリティーを優遇する制度です。たしかに、同じ点数だったのに不合格とされた白人が、不公正だと憤る気持ちも理解できます。

また、有能な人とそうでない人の収入の格差は日本以上に大きく、格差是正をめぐる議論もあります。

本書は、それらの議論を紹介し、それを題材に、何が正義であるかについてのいくつかの考え方を解説しています。また、5人の作業員の命を助けるために路面電車のポイントを切り替え、1人の作業員の命を奪っていいかなどの、倫理に関する有名な思考実験もいくつか提示されています。

 

正義を判断する視点

「ある社会が公正かどうかを問うことは、我々が大切にするもの…収入や財産、義務や権利、権力や機会、職務や栄誉…がどう分配されているかを問うことである」と著者は述べます。それらが正しく分配されているか判断するのは、幸福、自由、美徳の三つの観点です。本書では「幸福の最大化」「自由の尊重」「美徳の涵養」の三つの見解に集約し、紹介しています。

 幸福の最大化は、最大多数の最大幸福を目指す功利主義の立場です。ある集団の幸福を最大化することが正義という考え方です。説得力はありますが、例えば、少数の人が信仰している宗教を多数の人が不快に思っているとき、その少数宗教を禁止してしまえば幸福は最大化するかもしれません。しかし、それが正義だと言われると、疑問を感じざるを得ません。

 自由の尊重を重視する立場の極端な支持者は、「リバタリアン」と呼ばれる人たちです。成人が自らの自由意思でする契約などは他者の権利を害しない限り尊重します。また、市場で決められた分配を尊重します。売春、麻薬売買などは自由意志による取引として容認し、自由な市場で配分された所得は、いかに格差があろうと容認し、再分配などは拒否します。

3つ目の「美徳の涵養」は、美徳や善良な生活を実現することが正義だと考えます。ただ、何を美徳と考えるかなどは難しい問題で、結局は宗教的な価値観に左右されてしまいそうです。宗教と切り離された、人類共通の普遍的な正義などは、見いだせないかもしれません。

 

欧米諸国とイスラム教国家、中国などとの応酬を見ていて、そもそも何を正義と考えるのかという考えが違っているような気もします。でも、西欧人でなく、キリスト教徒でもない私は、むしろ欧米諸国の言い分の方を理解できます。

新型コロナの騒ぎの中で、個人の行動を制限することがどういう場合に許されるのか、ワクチンをどんな順番で接種することが公正なのか、倫理的な判断を迫られる場面もあるでしょう。また、課税による所得の再配分をどこまで行うかも問題です。

日本人は、倫理とか正義とかの議論は、青臭い感じがして苦手かもしれませんが、避け続けてばかりもいられません。

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