今年(2022年)7月に奈良市で安倍元総理を銃撃して殺害した山上容疑者について、精神鑑定を行う「鑑定留置」の期間を検察の請求で来年2月まで延長する決定を裁判所がしましたが、二転三転したようです。

 当初は11月29日までの予定だった鑑定留置を、検察庁が「捜査上の必要」から2か月余り延長する請求をし、裁判所はこれを認めて、来年2月6日まで延長を決定しました。しかし、この決定について、弁護団が「長すぎる」として取り消しを求めて準抗告をし、これを受けて裁判所は、鑑定留置の期間を1月10日までに短縮する決定をしたとのことです。

 

「捜査上の必要」が気になる

 そもそも、報道で伝えられる山上容疑者の言動からは、精神の喪失、耗弱などの異常は感じられず、刑事責任能力に疑問があるとは思えません。また、殺害の方法や動機も隠している様子はうかがえません。検察が留置を引き延ばし、起訴を先延ばししている理由が理解できません。少しでも罪を重くする理由を探しているように見えてしまいます。

 

死刑はありえない

 一部で死刑になるかどうか注目する人もいるようですが、私は、死刑はありえないと思います。

 殺人でも、殺害された被害者が一人だけの場合は死刑にはならないことは、ほぼ判例で確立していると思います。しかも、営利目的やわいせつ目的などではなく、恨みによるものです。安倍氏も旧統一教会の広告塔の役割を担っていたことはたしかで、恨まれる理由が皆無だったとは言い難い部分があります。

 社会に与えた影響についても、自民党などでは「民主主義に対する挑戦」などとアホなことを言う人もいますが、そんな大それたものではなく、単なる恨みで、同情すべき事情も大きいものです。また、社会への影響を言うなら、マイナスばかりでなく、プラスの影響もかなりのものがあります。この事件をきっかけに、旧統一教会の悪行があらためて注目され、被害を受けた元信者、二世信者の救済につながり、新たな被害も抑えられるはずです。

 これまでの裁判例とのバランスを考えれば、無期懲役でも重すぎ、有期刑が相当でしょう。

 犯人は相応の罰を受けなければなりませんが、死刑を求刑すれば検察の自殺行為であり、死刑判決などすれば日本の司法の自殺行為だと思います。政府の圧力に抗してロシア皇太子を襲った犯人を死刑にせず、三権分立を確立した明治時代の大津事件を思い出すべきでしょう。

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