1月15日、夕方のニュースで「砂川事件」という懐かしい言葉が流れました。

 大学1年の時の「憲法各論」で習った言葉です。この事件は、米軍立川飛行場の拡張に反対する闘争の中で、1957年に学生らが境界柵を壊して基地内に侵入し、日米安保条約に基づく行政協定(今の日米地位協定の前身)に違反するとして起訴されたものです。

 争点は、在日米軍が戦力不保持を定めた憲法に違反するか日米安保条約やそれに基づく行政協定は憲法違反か等でした。一審の東京地裁は、1959年、在日米軍の存在を憲法違反と認め、刑事訴追は適正を欠いているとして全員を無罪としました。それに対して検察は、高裁を経ずにいきなり最高裁に跳躍上告という異例の手続きをし、最高裁では在日米軍の違憲性を否定して差し戻し、結果は有罪になりました。

 

屈辱的な米軍との関係

 15日のニュースでも引用されていましたが、あの最高裁判決の中に、私も未だに記憶に残っている文言があります。

 「安保条約の如き、主権国としてのわが国の存立の基礎に重大な関係を持つ高度の政治性を有するものが、違憲であるか否の法的判断は、純司法的機能を使命とする司法裁判所の審査に原則としてなじまない性質のものであり、それが一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外にあると解するを相当とする。」という一説です。

 私は、この判決は、おおむね妥当と考えています。当時の状況から、やむを得ないものでしょう。

 しかし、一般に憲法は法律や条約に優越する中で、日米安保条約だけは違憲かどうかの司法審査を控えるという状態が60年以上も続いているというのは、日本の政治、外交の怠慢であり、恥ずかしい状態です。早急に地位協定を見直し、基地権、指揮権を取り戻して、日米関係を通常の独立国同士の関係に正常化させなければなりません。

 憲法改正などは、それが済んでからの話です。

 「「知ってはいけない」(矢部宏治)を読んで」

 「オスプレイの事故であらためて米国の属国を実感」 参照願います。

 

最高裁は恥ずかしかったろう

 砂川判決の前、当時の最高裁長官が外務大臣や米軍幹部と会って意見交換をしたことが明らかになっています。先日15日に判決があったのは、それを理由に手続きの正当性を問うものでした。
 当時の最高裁長官の行為は、違法とまでは言えないのかもしれませんが、司法の独立を自ら放棄する恥ずかしい行為です。それを白日の下にさらされた最高裁は、さぞ恥ずかしかったでしょう。

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