読んでいて、「自分に何かできることはあるのだろうか?」と、居ても立ってもいられない気持ち、焦燥感を覚えました。地方都市とはいえ先進国の都市に住んでいる私は、グローバルサウスや未来の世代から不可避的に搾取して生活しています。
「人新世」(ひとしんせい)は、ノーベル化学賞のパウル・クルッツェンが言い出した言葉で、人類の経済活動が地球上に大きな影響を与えた時代を地質学的に表現したもののようです。
大気中の二酸化炭素の増加による気候変動は深刻化の一途をたどっています。それに対応するはずのSDGsなどは、「アリバイ作りのようなものであり、目下の危機から目を背けさせる効果しかない」と著者はいいます。グリーン・ニューディールなど、新しい技術を使って地球環境の改善と経済成長の両立を目指すことなど不可能だと言います。経済が成長すれば、同じだけの生産をするための二酸化炭素の排出が少しくらい減っても相殺されてしまい、絶対量の削減にはつながりません。
また、気候変動による災害に対応するため、ますます多くのエネルギーを消費しなければならなくなります。
地球上の資源は、化石燃料にしろレアメタルにしろ有限で、再生不可能であり、経済成長を目指すことはグローバルサウスや未来の世代から搾取することで、それもいずれは限界を迎えます。
資本主義は、本質的に経済成長を目指すもので、このままでは資本主義より先に地球が滅亡するという危機感が示されています。
地球を守るには、「脱成長」しかあり得ず、それは資本主義の下では不可能なので、新たな社会体制が必要です。地球から搾取せずに自然の循環に合わせて生産活動をする、その生産計画や統制は民主的な市民・労働者の合議体が行う、電力や水道は社会の共有財とする、そのために労働の形態を抜本的に変えることなどを内容とした「脱成長コミュニズム」が、破綻を防ぐ道であるとの主張です。
マルクスは、「資本論」第1巻を出版後、考察を続け、第2巻以降は未完に終わりました。考えの変化もあり、晩年は、自然の物質代謝を攪乱しないことを重視した持続可能な経済発展を目指す「エコ社会主義」から、さらには「脱成長コミュニズム」を構想していたと著者は主張しています。
マルクスが何を考えていたかにはあまり関心はありませんが、本書で説かれていることには私は大いに影響を受けました。
「フィアレス・シティ」(国家が押し付ける新自由主義的な政策に反旗を翻す革新的な地方自治体。バルセロナなど)の動きも紹介されており、政治、行政に携わる人にはご一読いただきたい本です。
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