先日、元裁判官の瀬木比呂志氏の本を読んだところ、その中で本書が再三登場しました。題名は「イヴァン・イリッチの死」と紹介されています。イワン・イリッチは帝政ロシアの裁判官ですが、そこに描かれているロシアの裁判官ら官僚の生き方、考え方が、現代日本の裁判官のそれと同じだと瀬木氏は指摘しておられます。

 「絶望の裁判所」(瀬木比呂志)を読んで  参照願います。

 私は、高校時代、トルストイに熱中し、岩波文庫に所蔵されていた彼の作品は、全部読んでいます。本書も読んだ覚えはありますが、内容はほとんど忘れていました。瀬木氏の本をきっかけにもう一度読むことにし、押入れを探せばあるかもしれないと思いましたが、面倒なので、図書館から借りてきました。

 本書は、主人公が裁判官になるまでの人生を駆け足で描写し、そこで病気になってから死ぬまでの苦悩や死の恐怖を詳しく描いています。しかし、死の2時間ほど前、苦しみや死の恐怖から解放され、光と喜びに包まれて最期を迎えます。主人公は、官僚としての栄達と私生活の充実(他人からうらやまれるような上流階級っぽい生活)を目指して生きてきた、いわゆる「俗物」です。聖者ではない俗物でも、宗教的真理に到達できることを著者は描きたかったのだと評されています。

 トルストイによると、栄達とは、「なにか本質的な仕事をする能力のない人間であることがはっきりしているにもかかわらず、過去の経歴と官位のおかげで、馘にならずにいられるばかりか、わざわざ考え出された名儀ばかりの椅子を占めて、名儀ばかりでない本物の俸給をもらいながら、安穏に晩年を過ごすことができる地位までこぎつけること」とのことです。また、主人公は「己の義務と信じていたのは、とりもなおさず、最高の地位を占めている人の所信なのであった。」といった人物です。瀬木氏は、この辺や、権威を身にまといたがるところが、現代日本の裁判官と同じと感じられたようです。

 また、家庭での妻との軋轢から、職場の仕事や付き合いに逃げる姿も、現代日本のサラリーマンの姿を彷彿とさせます。
 本書は、岩波文庫で100ページほどの薄い本で、すぐに読めますが、さすがに名作だと思います。瀬木氏の本で触れられていたことをきっかけに再読でき、ラッキーでした。

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