終戦の日に高市首相が靖国神社の方角に向かって「遥拝」したというニュースに接した時、「遥拝」という言葉がずいぶん久しぶりな気がしました。あまり日ごろは目にしない言葉です。
同時に、井伏鱒二の「遥拝隊長」という短編小説があったことを思い出しました。私が「遥拝」という言葉を知ったのは、あの作品によってです。高校時代だと思いますが、国語の教科書に井伏鱒二の「山椒魚」が載っていて、その流れで「遥拝隊長」も読んだ記憶があります。内容については、朧げにしか憶えていなかったので、読み直すことにしました。押し入れを捜せばあるような気もしますが、面倒なので図書館で借りてきました。
主人公の岡崎悠一は元陸軍中尉で、戦地で負傷して精神に障害があります。何かのきっかけで妄想のスイッチが入ると、戦地で部下を指揮していると思い込み、村人を叱咤したり遥拝を命じたりして迷惑がられています。この作品で「遥拝」とは、皇居の方角に向かって拝礼することです。先の大戦を描いた他の文学作品や記録にも時々「遥拝」は登場しますが、私の知る限り全て東方、皇居の方角に拝礼することで、靖国神社とかに「遥拝」するなどは、読んだことがありません。
彼は、精神に障害を負ってから遥拝が好きになったわけではなく、現役軍人のころから事あるごとに自分で遥拝したり部下に遥拝を命じたりしていたため、「遥拝隊長」と陰口を言われ、嫌われていました。彼は戦争の犠牲者でしょうが、この作品の中で、あまり同情的には描かれていないように思います。負傷したのも戦闘の中ではなく、部下に居丈高に振舞っている最中の自業自得のような事故で、しかも巻き添えになった部下が一人亡くなっています。
神社に向かっての「遥拝」など、あまり例のないことを今後も続けると、高市首相も「遥拝首相」と呼ばれるようになってしまうかも・・・。
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