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市町村数の推移

 これは、市町村数の推移で、総務省のホームページから抜粋したものです。

     

市

町村

計

        備  考

 

明治   21年

 -

71,314

71,314

 

明治の大合併

明治   22年

39

15,820

15,859

M22.4 市制・町村制施行

昭22年 8月

210

10,295

10,505

S22.5 地方自治法施行

 

  28年10月

286

9,582

9,868

S28.10 町村合併促進法施行

昭和の大合併

   36年 6月

556

2,916

3,472

S40.3 市町村合併特例法施行

平11年 4月

671

2,558

3,229

H11.8 「市町村の合併の推進についての指針」

平成の大合併

平28年 4月

790

928

1,718

 


 地域によって状況に違いがありますが、平成15年前後に全国的に市町村合併が急激に進んだことを覚えておられると思います。

 市町村は、社会から要請される役割に応じて、規模を拡大してきました。


明治、昭和、平成の大合併 

明治21年の時点では、自然発生的な100戸以下の集落が7割、平均人口550人であったと言われています。

それが、明治19年の小学校令、明治22年の市制・町村制施行などにより、小学校を設置して教育し、戸籍などの事務を行うため、300〜500戸に再編されました。これが、明治の大合併です。

第2次世界大戦後、昭和22年に6・3制の義務教育開始に対応して新制中学校を作るため、新制中学校を合理的に運営できる人口8000人を適正規模として、再編されました。これが、昭和の大合併です。

 

 平成15年前後のいわゆる平成の大合併の理由は、次のように説明されています。

① 平成3年にバブルがはじけて、国も地方も財政難に陥り、行財政の効率化を余儀なくされた。

② 交通網の発達などで、日常生活圏域(通勤、通学、通院、買い物等)が拡大した。地域づくりを考えるには、日常生活圏(中心都市+周辺農山村)の単位で考える必要があり、行政の単位も拡大することが望ましい。(公共施設の配置など)

③ 住民のニーズが高度化、多様化し、この高度なニーズに対応するため、専門職を採用する必要があり、そのためには一定の規模が必要である。

 

 このように、市町村は社会から要請される役割の増大に応じて、規模を拡大してきました。必ずしも純粋に市町村の自発的な意思で合併したケースばかりでなく、国による誘導策、財政面の締め付けが大きく影響したことは、間違いありません。

 中でも、地方交付税の果たした役割が大きいでしょう。地方交付税については、別稿で述べさせていただきます。
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