ipt async src="//pagead2.googlesyndication.com/pagead/js/adsbygoogle.js"> 地域振興 : 地方自治日記

地方自治日記

地方自治に誠実に取り組んできた県職員OBです。県の市町村課に長く在職したほか、出納局、人事委員会などのいわゆる総務畑が長く、自治制度等を専門分野としてきました。県を退職後も、時々、市町村職員などの研修で、自治制度、公務員制度、文書事務などの講義もしていました。 単に前年どおりに仕事をすることが嫌いで、様々な改革・改善に取り組んできました。各自治体の公務員の皆様には、ぜひ法令を正しく合理的に解釈し、可能な限り効率的、効果的な行政運営をしていただきたいと願っています。

カテゴリ: 地域振興

横浜市の林市長が、定例会見で、カジノを中核とする統合型リゾート(IR)を誘致すると表明しました。候補地は山下ふ頭で、「日本型IR成功のモデルになりたい。」と語っているとのことです。

 

なぜこんなことを?

地域が消滅することを危ぶまれている過疎地や離島の自治体が起死回生の策として取り組むなら理解できないこともありません。大都市である横浜が、こんなことを言い出したことに驚いています。

市民の多くも反対しているようです。当然でしょう。しかも、市長は、選挙の際はこの計画に慎重な立場を示して当選しています。ここで手のひらを返したことにより、裏切り者、嘘つきという非難を浴びざるを得ません。市長が、自らの政治生命を危険にさらすようなことをなぜ言い出したのか、どういうメリットがあるのか、理解できません。

横浜は、良いイメージを持たれている都市だと思います。カジノができたりしたのでは、今までのイメージが台無しです。

たしかに、カジノができれば訪問客も増え、経済効果もあるでしょう。しかし、カジノなどは他の都市もすぐにまねができるものです。横浜市のように昔から積み上げられた独自の魅力のある地域は、それを生かした振興策があるでしょう。

カジノなどは、横浜市の都市としての格を下げてしまいます。

 

 反対運動を始められた市民の皆様を応援し、今後も注視したいと思います。

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 2019年2月8日、山下法務大臣が、所有者不明土地の対策について、214日に予定されている法制審議会に諮る考えを述べたという報道がありました。
法制審議会への諮問のポイントは、次の4点とのことです。

 ①相続登記の義務化

②土地所有権の放棄を認める制度新設

③遺産分割の期限設定

④一部の所有者と連絡が取れない「共有地」の利用

 

 私がこの報道に接して、まず感じたことは、次の3つです。

 ①今さらかよ!

 ②相変わらず縦割りで、総合的な土地政策が見えない!

 ③これまでの無策のツケを国民に押し付けようとしているな!

 

今さらかよ!

 これらの問題を検討する必要性は十分に理解しています。当然、行うべきでしょう。しかし、少子化、人口減少などに伴うこれらの問題は、10年以上前から指摘されていたことです。今まで政府は何をやっていたのかと問いたくなります。

 

総合的な土地政策を

 土地については、様々な大きな課題が指摘されています。

 離島、水源地などの土地を外国人が買い集めている安全保障上の問題、空き地空き家の問題、この所有者不明土地の問題、相続税や固定資産税の評価額が時価より高い地域が多くなっている問題などです。

 これらの問題は、同じ原因による部分も多く、各省庁が自分の担当分野について対症療法的な施策を講じても、効果は限られるでしょう。

 国として総合的な土地政策を検討し、それに沿って各省庁が施策を実施することが求められます。しかも、大至急です。

音頭をとろうとする政治家がいないことが、我が国の不幸です。
 「国土交通省の空き地空き家対策」

 「硬直した固定資産評価が地域を滅ぼす」 参照
 

無策のツケ

 少子高齢化、人口減少など、何十年も前から予測できたことです。それにもかかわらず、乱開発を続け、市街地を拡散させてしまいました。

 今に至ればやむを得ないかもしれませんが、単に相続登記を義務付けたり、所有権放棄を認めるなど、無策の極みです。土地の効用、財産的価値を守ろうとする施策は、検討しないのでしょうか?

 

 政府には、総合的な土地政策を早急に検討していただきたいものです。日本が衰退していくのを指をくわえて見ていたくはありません。

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 平成の大合併によって、多くの市町村の名前が消えました。昔ながらの地名が、今は駅の名前などとして辛うじて生き残っていたりします。過疎化が進み、集落の名前なども消えつつあります。

 反面、高度成長期以降に住宅団地ができたところには、昔ながらの地名に代えて、明るく高級そうなイメージのある地名が付けられることもあります。

 

 今から1300年前にも、地名が変わる大きな動きがありました。

 

諸国郡郷名著好字令(好字二字令)

 「諸国郡郷名著好字令」(しょこくぐんごうめいちょこうじれい)とは、713年(和銅6年、元明天皇)に、諸国に風土記の編纂を命ずる勅令の中にある命令で、国、郡(こおり)、郷(さと)などの名前は、いい漢字2字で表記するように指示したものです。「好字二字令」とか「好字令」ともいいます。

 当時の先進国であった唐の地名の多くが、「長安」などいい意味の漢字2字だったことから、それに合わせ、体裁を整えようとしたのでしょう。国の名前は、この勅令の少し前から、好字二字に置き換える動きがあったともいわれています。この命令の適用範囲は、山の名前などにも及んだようです。

 この命令を受けて、元々は漢字1字や3字の地名だったところは、国府の役人が頭をひねって無理やり漢字2字にしたようです。だから、漢字の読み方として無理があって読みづらいものなどが、たくさんあります。

 

 木がたくさん生えているから「木」国(きのくに)だったのが、「紀伊」国、港があるから「津」国(つのくに)だったのが、「摂津」国、「泉」国(いずみのくに)だったのが、「和泉」国などです。摂津国は、最初は字だけ変えて読みは「つのくに」のままだったのが、やがて漢字に引きずられて「せっつのくに」と呼ばれるようになってしまったようです。

 毛野国(けののくに)の「毛」は作物が生えることで、作物のよく育つ国というような意味だったと思いますが、これを二つに分け、上毛野国(かみつけののくに)、下毛野国(しもつけののくに)とすると、1字余計になってしまいました。読みや意味を重視すれば、「野」を省略して上毛国、下毛国とするのが適当でしょうが、下毛では抵抗があったのか、「毛」を省略して、上野国(かみつけのくに、こうづけのくに)、下野国(しもつけのくに)とされ、大変読みにくい結果になっています。

 

 1300年前の勅令が、今の地名に大きな影響を残しています。さらに、日本人の名字(苗字)は地名に由来するものも多いので、我々の姓にも影響し、漢字2字の姓が多いようです。

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 住宅街などでは、何のために歩道が作られているのか分からないような歩道がしばしば見られます。わずか1メートルほどの幅しかない歩道に街路樹が植えられていたり、電柱が立てられていたりします。歩きにくいため、歩行者は車道を歩いています。

 このような「歩道」を見ると、道路管理者や、その歩道を設計した担当者などは、何を考えているんだろうと思います。歩行者が支障なくすれ違える程度の幅員を確保できない歩道に、植栽などはすべきではありません。

 

道路構造令の再考を

 道路構造令の改正などで、一定以上の道路には植樹帯の設置が義務付けられ、それ以外の道路にも植樹桝(植樹帯のように連続せず、ところどころにブロックで区画した植樹用のスペース)が奨励されています。たしかに、十分な余裕のある歩道で、手入れの行き届いた緑化が行われていれば快適でしょうが、そうでない場合は、歩きにくいので歩行者が車道を歩くことになり、危険を作り出しています。

傘を差した歩行者が支障なくすれ違うには、2メートルくらいは必要です。2メートルの幅員を確保できない歩道に、植栽することは危険です。

また、植樹桝は、歩道の有効幅員を犯していないと整理されていますが、とんでもない誤解です。十分な幅員がないのに植樹桝が設置されてさらに狭くなっている歩道は、歩きにくいため、歩行者は車道を歩いています。

2メートル以下の高さのところに枝が張り出している街路樹も散見されます。植樹した場合、その管理は大変な手間、費用が掛かります。十分な管理ができないくらいなら、完成時の見栄えだけのために植栽などすべきではありません。

十分に広い歩道であっても、街路樹の根が歩道の下に横に張り出し、歩道が凸凹に隆起したりひび割れたりしている光景も頻繁に目にします。夜間など、つまずいて危険です。

 

障がい者に配慮を

 健常者であれば不便ながら何とか対応できますが、例えば視覚に障がいのある方にとってはところどころに植樹桝があったり、街路樹の枝が顔の高さに伸びていたりすることは、極めて危険です。

 歩道の植栽のあり方を見直していただきたいと思います。


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 全国的に有名な徳島市の夏の風物詩「阿波踊り」ですが、市が中心となって新たに組織した実行委員会と有力な踊り手グループ(連)が所属する踊り手団体「阿波おどり振興協会」が対立し、混乱しました。実行委員会が収益増のために「総踊り」を止めて四つの有料演舞場に分散することをもくろんだのに対し、踊り手団体が反発し、実行委員会の反対を押し切り、恒例の「総踊り」を強行開催しました。

巨額の累積赤字の発覚で市が改革に乗り出したわけですが、踊り手団体との対立を招いたうえ、今年度の来客も例年に比べて大幅に減少させたようです。

 

踊りの主体は誰か

 阿波踊りの主人公は、踊り手たちです。もともと、観光イベントではなく、自分たちの楽しみのためにやっているものです。ライバルのグループ(連)の踊りも見たいでしょう。それなのに、踊り手グループの意向を無視して、その楽しみの最大の山場を勝手に中止、分散するなど、そんな意思決定は考えられません。

 赤字を出したくないなら、踊り手たちの楽しみを阻害せず、納得してもらえる方策を探さなければなりません。

 踊り手たちの意向が反映されていない誤った意思決定が、どういう過程で行われたか、「失敗学」の見地から興味があります。詳報を期待しています。

 

盛り上がりの分散は愚策

 観光イベントとしてみた場合でも、見物客にとっての最大の魅力、山場は、総踊りでしょう。圧倒的な迫力、盛り上がりを体感したいために訪れる観光客も多いと思います。その目玉を分散してしまえば、迫力も減ってしまい、魅力の乏しいものになってしまいます。見に行こうという人も減ってしまうでしょう。

 今回、踊り手たちの協力が得られていたと仮定しても、収益増が図られていたか疑問です。最初の年だけは収益が増えたとしても、魅力、迫力の減ったイベントに、将来にわたって客が来てくれるとは思えません。

 

地元マスコミのチェック機能

 一般に、このような事態になる前にストップがかかるものですが、今回は、地元の徳島新聞が昨年までの累積赤字にかなりの責任があり、また、市長は系列のテレビ局の出身でもあるため、筆が鈍っていたのではないかと思います。地元マスコミの沈黙が、市の暴走を許した可能性があるのでしょう。

 たしかに、徳島新聞は、今回の市の改善策を批判できる立場になかったことは理解できるのですが、他のマスコミは市の暴走を止められなかったのでしょうか?

 

 来年は、今回の反省の下に、市民と行政が一体となって総踊りを盛り上げていただきたいものです。


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