本書には「大人の「終活」新作法」という副題が付いています。理性ある大人としては、自分の死に際して家族や社会になるべく迷惑をかけないように、準備しておくべきであるというのが、その趣旨なのでしょう。

著者がある母親から聴いた話として、次のような事例が紹介されています。

非常に進行が早く命にかかわる病気の10代の子供の手術が3週間も先送りになってしまい、その理由が、90代の末期がん患者の緊急手術が入ったためだったということです。

そんな事例から、著者は「命は平等だ」というキレイごとに疑問を呈しておられますが、私も全く同意します。医療資源には限りがあり、限られた医療資源を誰に使うか、選択が行わざるを得ません。新型コロナウイルスの感染爆発で人工呼吸器が不足したイタリアなどでは、高齢者には人工呼吸器は使わないという運用が行われたことが報じられていましたが、象徴的です。

著者は、次のような重い、究極の選択を読者に迫ります。「もしも1人しか受けられない手術であれば、自分の子供と親、どちらを優先しますか?」これが、今、日本の医療が迫られている究極の選択とのことです。

何の準備もないまま、病気や老衰が進行したり不慮の事故に遭ったりして生命が危険になったとしたら、今の日本では、延命措置が行われてしまいます。それを本人が望んでいなくても、病院などが当然のこととして行ってしまうのです。それは、本人や家族にとっても不幸なことであり、社会にとっても大きなコストのかかることです。その医療資源は、将来のある若い患者に振り向けられるべきものだったかもしれません。著者は、「増える社会保障費は未来を削ること」と主張されています。

そのようなロスを防ぐため、ある程度の年齢になったら、元気なうちにリビングウィル、延命措置の拒否の意思を表示しておくべきであり、これが「大人の「終活」新作法」の一例なのでしょう。

 

 著者の夫は41歳で病気で亡くなり、著者はそれを機に、死に臨んでいる人やその家族等のサポートをライフワークとされたようです。「アクティブ・エンディング」とは、死の瞬間まで続く「生」をずっと追求し続けること、自分の命をどうしたいのかを考えていくことだと言われます。

 

 終活についての本はたくさんありますが、本書の特色は、自分や家族のためばかりでなく、社会のための終活を推奨していることです。

 

本書巻末には、日本尊厳死協会の「尊厳死の宣言書」などが載っています。私は既にエンディングノートを作成しており、延命治療は拒否する旨を記述していますが、この様式も作って自署しておこうと思います。

そうしておけば、いざというとき、家族がそれを医師に見せてくれるでしょう。

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