ipt async src="//pagead2.googlesyndication.com/pagead/js/adsbygoogle.js"> ニーチェ : 地方自治日記

地方自治日記

地方自治に誠実に取り組んできた県職員OBです。県の市町村課に長く在職したほか、出納局、人事委員会などのいわゆる総務畑が長く、自治制度等を専門分野としてきました。県を退職後も、時々、市町村職員などの研修で、自治制度、公務員制度、文書事務などの講義もしていました。 単に前年どおりに仕事をすることが嫌いで、様々な改革・改善に取り組んできました。各自治体の公務員の皆様には、ぜひ法令を正しく合理的に解釈し、可能な限り効率的、効果的な行政運営をしていただきたいと願っています。

タグ:ニーチェ

 ニーチェの思想に興味を持ち、入門書などから少しずつ読んでいますが、やはり難解です。ビジネス書やベストセラーばかり読んでそれらに慣れてしまった私の頭では、哲学書は、何回も繰り返して読んでようやく少し分かった気がする程度です。

 ニーチェはキリスト教を徹底的に批判しています。それで、キリスト教に由来する道徳を排除したときに、我々の道徳はどのようなものになるのか、ニーチェの考えを知ろうと思って、本書に挑戦してみました。

 本書は、三つの論文で構成されています。

 第一論文は、『「善と悪」と「良いと悪い」』第二論文は、『「罪」「疚しい良心」及びこれに関連したその他の問題』』、第三論文は、『禁欲の理想の意味するもの』です。

 

 ニーチェによれば、「良い」という言葉は、ヨーロッパの諸言語では、身分の高さを示す「気高い」「高貴な」が本来的な概念のようです。逆に、「悪い」という言葉は、「卑俗な」とか「賎民的な「下層の」という身分の低さを表すのが本来の概念だったようです。ラテン語の「善い」(ボヌス)も、戦士を意味する言葉で、つまり勇敢であることや強いことが「善い」こととされていたようです。

 それが、キリスト教による「奴隷一揆」「価値の逆転」により、貧しかったり病弱であったり、敵と戦うことを嫌がったりする方が道徳的に上であると考えるようになったということです。

 強くも高貴でもない私のような民衆からすれば、多くの民衆が幸せならそれでもいいんじゃないかと思うところですが、序文を読むとニーチェの考えはもう少し深いところにあるようです。

 私の理解が正確か不安ですが、強さ、高貴さ、美しさ、自分の子孫の繁栄を重視しない道徳は、現在はぬるま湯的で快適だとしても、人類がより強くなるための進化を妨げているのではないかという危惧です。ギリシャ文明のような、強いもの、美しいものを素直に称え、生殖行為を汚いものと扱わない、人間の本能に従った道徳に回帰すべきということでしょうか?

 

 利他的行為が「善い」こととされている由来、神という概念の由来なども考察されています。他の著作も読まないと、十分な理解は私には難しいようです。

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 ニーチェの思想についてのマンガを読んで興味を持ち、ニーチェ本を読み始めています。

 「マンガでわかるニーチェ」(白取春彦)を読んで

 「新編 はじめてのニーチェ」(適菜収)を読んで

 

 本書の副題は、「現代語訳「アンチクリスト」」です。ニーチェの「アンチクリスト」を現代語訳したということで、たしかに分かりやすく、読みやすいのですが、反面、訳者がおもしろく意訳している部分もありそうなので、表題に訳者も記載しました。

 

 「アンチクリスト」は、キリスト教を徹底的に批判した書です。

 誇りを持っている民族は、自分たちの神を持っています。自分たちの繁栄を願い、感謝するための神です。しかし、ユダヤ人が他民族に征服され、抵抗もあきらめ、敵に屈服することが一番いい選択だと考えるようになったとき、彼らの神も変化し、「敵を愛せ」などと言うような卑怯で臆病なものになってしまったということのようです。

 抵抗する代わりに、内心で強者を悪とし、自分たち弱者を善と考えて、道徳的には自分たちの方が優れていると考えることで心のバランスをとる・・・。そんなルサンチマン(強者、優れた者に対する弱者の恨み、妬み)を凝り固めたような宗教が、下層民の間で広まり、世界宗教になってしまい、「道徳」になってしまったということです。

 

 また、特にキリスト教会、僧侶を手厳しく非難しています。

何が善で何が悪であるかを自分たちの都合で勝手に決め、自分たちの言葉を神の言葉だと偽っている。そして、何も証明しないまま信じることを強要し、死後の幸福など確かめようがないことを約束して金をむしり取る・・・などです。この辺りは、キリスト教に限らず、他の宗教も似たようなものかもしれません。

 

 キリスト教そのものは日本人にはあまり関係なく、どれほど否定されても影響はないのですが、キリスト教が基本になっている西洋道徳、西洋哲学は日本社会にもかなり浸透してしまっています。あるべき道徳などについて、他のニーチェ本も読んでみたいと思います。

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