県庁を定年退職後、仏教に興味を持ち、漫画による入門書など、簡単なものを数冊読んできました。この世は無常であり、絶対的なものなどないことを深く悟り、平和で穏やかな境地に至るという仏教の基本的な教義については一応理解し、共感しています。しかし、その基本的な教義と、如来とか菩薩といったいわゆる「仏様」への信仰が結びつかず、違和感を持っていました。
これまでに読んだいろいろな本から、あの「○○如来」などの仏様は無学な一般大衆を導くために創作されたものだろうと薄々感じていました。
本書を手に取った(ブックオフの110円均一コーナーで購入)のは、そのことを確認したかったためです。
やっぱり・・・!
釈迦の言動を伝える最も初期の経典の多くは、釈迦が弟子やその他の人々からの問いに答える問答の形が多いようです。問う人の現実的な苦悩に対して、その苦悩に対処していくための態度、心の持ち方について釈迦が解答する形です。
「釈迦の答えには、たとえばかつてヴェーダ聖典やバラモン教に説かれたような、人間の力をはるかに絶した神も、いわんや創造を司りあるいは宇宙の進行その他を管理する神も、また祈祷や呪術や魔力を演ずる神秘も・・・一切登場せず、むしろそれらはすべて斥けられる。いわば不可思議で超自然的なるものは、ことごとく排し、それに類したものもすべて捨て去る。」
「仏滅(釈迦の死)後に次第に増加して初期経典にもみえる超人化や、さらに神格化の施された釈尊像は、空想をもてあそんでとどまることのないインド人の特性によって、付加され粉飾された産物にほかならず・・・」
「やっぱり!」という感じです。「○○如来」とかのありがたい仏様は、釈迦が説いたものではなく、後世の教団などが大衆ウケするように創作したものということです。
仏教の研究者はもちろん、一般のお寺のお坊様も大学で仏教を学んでこられたのだから、当然そのことは承知なのでしょう。それでいながら、もっともらしい顔で仏様の法話などをされている・・・。
人々を穏やかな境地に導くための方便なのでしょう。
難解だ!
私の確認したかったことは確認できましたが、それ以外の部分、例えば「我」、「無我」など、難解です。「入門」という題名なのに、一度読んだくらいではなかなか理解が困難です。がんばって繰り返し読み、理解したいと思います。
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