熊本市で11月3日、市内に住む外国人と市長との対話集会での話題が、地元ばかりでなく、X(旧ツイッター)などで全国的に議論になっているようです。外国人から市長に「行政書類の年号が元号中心でわかりにくい。」「学校の給食メニューは、文化や宗教に配慮してほしい。」などの意見が伝えられたとのことです。
それに対して、「嫌なら国に帰ればいい」「その国の文化に合わせるべき」等、概して批判的な意見が多いようです。私も、基本的には日本の社会は日本の文化を守って、今までのやり方を変える必要はないと思います。世界中の国が均質化してしまったら、おもしろくありません。ただし、少数者が自分のやり方を貫く自由を保障することが大前提です。
給食でいえば、日本のやり方を続ければいいのですが、メニューや材料をあらかじめ予告し、受け入れられないメニューの日は弁当を持ってくるようにすればいいのです。これは、価値の多様化が進む中、外国出身者ばかりでなく純日本人にも適用すればいいと思います。あらゆる人々を満足させるメニューなどなく、イスラムの禁忌に触れないメニューなど味気なくて子供たちが給食嫌いになってしまいます。
元号は
ただし、一般的な文書等について、西暦を原則とすることには賛成です。
誤解のないようにお断りしておきますが、私は天皇陛下をはじめ皇室を敬愛することにかけては人後に落ちないつもりです。ただ、一世一元などは明治以降の話で、それ以前の長い間、元号と天皇陛下のご在位とはリンクしていませんでした。
何より、元号を原則としていると不便です。私は職業人として、昭和から平成、平成から令和の2度の改元を経験しましたが、大変でした。システム会社、印刷屋、ゴム印屋が儲かったくらいで、一般の人には迷惑でしかなかったでしょう。
私の様々な記憶は、ほとんど元号とのみリンクしてしまっています。生年月日はさすがに西暦でも元号でも即答できますが、その他はほとんど元号だけです。小学校入学は昭和37年、大学卒業と県庁就職は昭和54年、〇〇課に在席したのは平成〇年度~△年度といった感じです。西暦がすぐに出てくるのは、県庁に入った年、これはその後ずっと使った職員コードが79・・・であったためです。それと、1999年(平成11年)は、地方分権一括法の準備で忙しい思いをし、さらに2000年問題でコンピュータの誤作動による不測の事態を警戒して県庁舎で年越しをしたためです。それ以外の記憶は、元号はすぐに言えますが、西暦は出てきません。
これには極めて不便を感じています。昭和や平成の出来事が、何年前だったか、私が何歳の時だったか、頭が悪いものですぐには出てきません。
元号を廃止しろとは言いません。今の子供たち、これから生まれてくる子供たちが私たちのような不便な思いをしないよう、一般的な文書等は西暦を原則とすべきです。元号使用を原則としていることは、日本の生産性の足を引っ張っていると思います。
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