「桜を見る会」について、野党から何を聞かれてもまともに答えないことで、内閣府の大臣官房総務課長が一躍有名人になりました。
「あんな対応をするために公務員になったわけじゃないだろうに」と憐れむ人、「ああやって総理に恩を売っておけばそのうちいいことがあるんだろう」と蔑む人など、ワイドショーのコメンテーターや国民の反応は様々ですが、彼の言うことを信用していないことについては、一致しています。
内閣府って?
私は、県職員時代に特区などを担当していた際、内閣府の職員とは何度か一緒に仕事をしたことがあります。真面目な方たちだったという印象がありますが、私も内閣府の全容は知りません。
霞が関の覆面キャリア官僚、若林冽氏の告発小説「東京ブラックアウト」(原発事故を描いた「原発ホワイトアウト」の続編)に次のようなことが書かれています。
「霞が関広しといえども、内閣官房と内閣府の関係を正確に言い当てられる役人は少ない。
まず内閣官房は、総理官邸直轄であり、国家権力の中枢の中枢である。一方の内閣府は、名称こそ内閣官房と似て立派であるが、中央省庁再編の際に、持って行き場のなかった弱小官庁の総理府や経済企画庁を寄せ集めた組織で、最弱の組織といってもいい。
ゆえに内閣官房の役人は、内閣官房が内閣府と間違われることを極端に嫌い、内閣府の役人は、あたかも権力の中枢に近いと世間に誤解されることによって自己満足に浸る・・・ともに官邸の真正面で、議員会館にも歩いて行けるという絶好の立地にありながらも、最も熱気あふれる内閣官房と権力に無縁の弱小官庁の内閣府とは、対照的なのである。」
なんとも気の毒な言われようではあります。
このまま情けない対応で終わるのか?
上記のような予備知識を持って野党との問答を見ていると、滅多にない晴れの舞台で懸命に政権への忠誠をアピールしている悲しい姿に見えてきます。
しかし、忠誠を尽くすべき対象は、時の内閣ではなく、国民であることは当然です。
文部科学省や財務省は、ないと言われていた書類がちゃんと出てきました。要所要所に正義感を持つ官僚がおられたのでしょう。
内閣府の官僚の皆さまも、心意気を見せるチャンスです。
![]()
にほんブログ村 ご覧いただきありがとうございます。