ipt async src="//pagead2.googlesyndication.com/pagead/js/adsbygoogle.js"> 愛媛県 : 地方自治日記

地方自治日記

地方自治に誠実に取り組んできた県職員OBです。県の市町村課に長く在職したほか、出納局、人事委員会などのいわゆる総務畑が長く、自治制度等を専門分野としてきました。県を退職後も、時々、市町村職員などの研修で、自治制度、公務員制度、文書事務などの講義もしていました。 単に前年どおりに仕事をすることが嫌いで、様々な改革・改善に取り組んできました。各自治体の公務員の皆様には、ぜひ法令を正しく合理的に解釈し、可能な限り効率的、効果的な行政運営をしていただきたいと願っています。

タグ:愛媛県

 地方公共団体の財政運営、国と地方公共団体や地方公共団体間の財政的な関わり方の基本事項等を定めた、地方財政法という法律があります。

 その第4条の5では、「割当的寄附金の禁止」を定めています。内容は、国は地方公共団体やその住民に対し、都道府県は市町村やその住民に対し、市町村は住民に対して、寄付を割り当てて強制的に徴収してはならないというものです。

 

地方財政法第4条の5(割当的寄附金等の禁止)
 国(国の地方行政機関及び裁判所法(昭和二十二年法律第五十九号)第二条に規定する下級裁判所を含む。)は地方公共団体又はその住民に対し、地方公共団体は他の地方公共団体又は住民に対し、直接であると間接であるとを問わず、寄附金(これに相当する物品等を含む。)を割り当てて強制的に徴収(これに相当する行為を含む。)するようなことをしてはならない。

 

地方財政法の解釈

 戦後の財政難の時代、寄付金という名目でごまかして国や地方自治体による強制的な負担の転嫁が横行していた反省から、上の条文は、国や地方公共団体の行為をかなり広く規制する解釈が通説になっています。逐条解説書などでも次のように説明されています。

 例えば、「間接であるとを問わず」とは、後援会を設けてそこを介して寄付を集めるような行為を指しています。

 「割り当てて強制的に徴収」は、一体的な観念と解され、「割り当てる」ということは、当然、強制の意味を含むものであるので、本条はこの「割り当てる」という行為自体を禁止し、あわせて「強制的な徴収(これに相当することを含む。)」を禁止しているという解釈です。つまり、割り当てをしても強制的に徴収さえしなければよいと解釈してはいけないということです。

 「強制的に徴収」とは、権力関係を利用して強圧的に寄附をさせるという意味であり、応じない場合に不利益をもたらすべきことを暗示する等社会的心理的に圧迫を加える場合も含むという解釈です。

 

愛媛県の事例

 愛媛県は、松山空港ソウル線の搭乗率を上げるため、部局ごとの目標人数を示して私費での韓国旅行を職員に促して問題になりました。それに対して中村知事は、ノルマやペナルティーはないことから「何が問題なのか分からない。」と述べたとのことです。
 

 愛媛県の今回の行為は地方財政法が規制している分野ではないでしょう。しかし、「割り当て」に「強制」の意味があることは、通説的な共通認識です。部局ごとに目標人数を割り当てれば、各部局や所属職員は心理的な圧迫を感じることは当然です。知事の抗弁は、やや無理筋でしょう。

 にほんブログ村 政治ブログ 地方自治へ
にほんブログ村 ご覧いただきありがとうございます。

 サイト案内(目次) 




 

   サイト案内(目次)

 森友学園加計学園の問題で、識者が様々な意見を言っています。その中には、行政職員の目から見て、おかしな論旨のもの、無理な理屈付けのものも散見されます。

 安倍政権寄りの主張、アンチ安倍政権側の主張から、一つずつ拾ってみます。

 

「一点の曇りもない」

 国家戦略特区ワーキンググループの委員が、「規制改革のプロセスに一点の曇りもない」と言ったことをもって、加計学園の選定手続等が適正に行われたと主張される方々がいます。

しかし、このような検討作業は、事務局が用意した資料に沿って進められるのが通例です。事務局がその気になれば、議論の方向を誘導することは、それほど難しいことではありません。委員さんが、「一点の曇りもない」と思われたとしても、事務局が巧妙に誘導していたかもしれません。

事務局が一方に肩入れしていたのではないかと疑われている状況下では、委員さんが「一点の曇りもない」と言われたとしても、適正に行われた証拠にはならないのです。

 

「愛媛県には嘘を書く動機がない」?

 野党や様々な識者が、「愛媛県の職員には嘘の文書を書く動機がないから、あの文書に書かれていることは真実だ。」と主張されています。

 私もあの文書は真実だとは思いますが、愛媛県の職員に嘘を書く動機がないと言われると、それは違うと思います。加計学園の計画を首相が応援していると思わせれば、各省庁も抵抗はできず、計画に有利になります。愛媛県は、今治市、加計学園の計画を支援していたのですから、文書に首相が支援しているかのような嘘を書く動機はあると思います。

 現に、あの文書は関係省庁に配られ、そのような使われ方をしているようです。

 

 議論に参加しようとしている人たちは、私も含め、どちらかの見方に影響され、考え方が歪んでしまうことは避けられないものかもしれません。


  サイト案内(目次)

 加計学園の獣医学部新設
を巡り、当時の柳瀬総理秘書官「首相案件」と発言したとされる問題について、
柳瀬氏は次のようなコメントで完全否定のようです。

「自分の記憶の限りでは、愛媛県や今治市の方にお会いしたことはありません。報道にありますように、私が外部の方に対してこの案件が首相案件になっているといった具体的な話をすることはあり得ません。

 

逃げ腰の「完全」否定

 完全否定のようですが、「自分の記憶の限りでは」と条件を付けており、ばれてしまった場合の逃げ道を用意しています。忘れたといえば、他人はそれを虚偽だと証明することはできません。抜け目ない言い方ですが、これでは誰も信用せず、本当はそういうことがあったのだろうと世間は感じるでしょう。

 

愛媛県には嘘を書く動機がない?

 糾弾する人たちの中に、愛媛県には嘘を書く動機がないから、この文書の内容は真実だと主張される方たちがいます。私も、この文書の内容は真実だと感じていますが、愛媛県に嘘を書く動機がないといわれると、そんなことはないでしょうと反論したくなります。

首相が推進しているというメモを見せれば、各省庁の抵抗を抑えられます。私は、このメモは、担当者の備忘ではなく、各省庁の反対、抵抗を抑える目的で作成された文書だと思います。現に、そのような使われ方をしています。

今治市にしても同様です。獣医学部を推進しようとしている人たちには、首相が応援している案件であるという嘘をつく動機は、間違いなくあります。だから、愛媛県の出席者が作成したメモの内容を今治市の出席者が事実であると証言したとしても、そのことによっては、あまり信ぴょう性は高まらないのではないかと思います。

とはいえ、私も、文科省で発見された文書等の整合性から、この愛媛県の文書の内容も真実だろうと思っています。

 

なぜ会ったことまで否定しなければならない?

 普通に考えれば、会ったことまで否定することは難しく、「首相案件」と言ったことなどだけを否定する作戦の方がよさそうです。会ったことまで否定しなければならない事情があるのか、作戦ミスか、どちらでしょうか?

 

 いずれにしても、証人喚問は不可避のような気がします。彼の場合は、佐川氏などのように犯罪的行為に手を染めたわけではなく、ここで正直に証言する方が、将来はまだ明るいのではないでしょうか?

↑このページのトップヘ