ipt async src="//pagead2.googlesyndication.com/pagead/js/adsbygoogle.js"> 札沼線の愛と死 : 地方自治日記

地方自治日記

地方自治に誠実に取り組んできた県職員OBです。県の市町村課に長く在職したほか、出納局、人事委員会などのいわゆる総務畑が長く、自治制度等を専門分野としてきました。県を退職後も、時々、市町村職員などの研修で、自治制度、公務員制度、文書事務などの講義もしていました。 単に前年どおりに仕事をすることが嫌いで、様々な改革・改善に取り組んできました。各自治体の公務員の皆様には、ぜひ法令を正しく合理的に解釈し、可能な限り効率的、効果的な行政運営をしていただきたいと願っています。

タグ:札沼線の愛と死

 昔から西村京太郎さんの作品のファンで、楽しませていただいているのですが、近年の作品に変な部分が多く、気になります。出版社や編集者の方々に注意を促したいと思い、綴っています。

 

 この作品は、現美新幹線は道具立てに使われているだけで、この新幹線の車内で殺人が起こったわけではありません。それはいいのですが、この作品には、刑事手続き、殺人の動機、犯行方法の点で、説明不足というか、妙な点があります。

 

 まず、最後の場面で、ニューヨークに行った日下刑事が容疑者に自白を迫るのですが、拳銃の銃口を容疑者の顔に向け、顔をかすめて弾丸を発射させたりして脅して自白させるのです。そんなことをして自白させても証拠としての価値はないでしょう。後で否認されれば終わりです。

 また、こんなことを刑事がするはずがなく、やるとすれば何らかの特殊事情が必要ですが、その説明は見当たりません。それで、リアリティーのない結末になってしまっています。

 

 次に、犯人の動機が分かりません。十津川警部自身も三上本部長に対し、「確かに、渡辺久本人が、犯人とは考えにくいと思うのです。どうしても新人時代の絵が必要なら、所有している竹田にいえばいいのです。渡辺が大家になるためなら、喜んで協力すると思います。」と言っています。つまり、渡辺には明確な動機がないのです。

 それが、特別な事情があったなどの説明もなく、犯人になってしまっています。

 また、マンションの防犯カメラにも渡辺らしい人物は移っていなかったと明記されていますが、どうやってマンションの部屋に行って、殺人の後で絵をどうやって持ち出したかの説明がありません。

 いろいろ謎を提示しながら、その種明かしもせずに犯人を名指しするのでは、「推理小説」としては欠陥ではないでしょうか?

 

 再三になりますが、編集者や出版責任者は出版の前にちゃんとチェックして西村先生に修正してもらい、先生の名声に傷をつけないようにしていただきたいと思います。

 『西村京太郎氏の近年の作品が変だ1 「札沼線の愛と死・・・」』 参照

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 夫婦そろって西村京太郎さんのファンです。図書館で、まだ読んでいない作品を見つけると迷わずに借り、書店で見かけると買うという生活を何年も続けていました。しかし、ここ数年の作品は変なのが多いと思います。

 今日読んだのも、変でした。

 

「札沼線の愛と死 新十津川町を行く」

 雪の夜、十津川警部の住む東京都三鷹市で銃殺事件が発生し、警部が自宅から三鷹駅近くの現場へ出動するのですが、アイスバーンだからといって、何とスキーを履いて駅に向かうのです。いくらなんでも東京の道路をスキーで行くというのは、馬鹿馬鹿しすぎます。

 出だしからこんな具合で、その後も変なことだらけです。

招待状について町に電話で問い合わせた時に、町長は即答できずに、5,6分調べた後で、出していないことを回答します。そのことについて、町長名で出されたはずの招待状のことを町長が即答できないのはおかしいとして推理を展開します。しかし、町が何かのイベントで招待状を出した時に、町長が招待者の全員を把握していないことなど当然で、何もおかしくありません。むしろ、一警部からの問い合わせの電話に、町長自身が応対することの方がよほど不自然です。さらに、この招待状が重要な意味を持っていたはずなのに、後半は全く登場せず、結局、招待状のことは何も明らかにされません。

ネタバレになってしまうので具体的なことは書きませんが、被害者が狩猟用のナイフを持っていた理由、なぜ銃を、情報提供者が情報を提供する理由等、最後まで説明がなかったり、納得のできないことばかりです。

 極め付けが、魔法使いの正体で、こんなことがあったら最初の段階で大騒ぎになっていたはずで、荒唐無稽すぎます。

 

編集者は何を?

 私は、出版業界のことは知りませんが、出版社、編集者は、何をしているのでしょう。

 この作品以外でも、場面設定に無理、矛盾があったり、単純な知識不足のものも散見されます。そんなのは、編集者が読めば気づくはずで、なぜそのまま出版されてしまうのでしょう。新人の作品ならダメ出しができても、西村氏のような大家にはできないということなのでしょうか?

 西村氏の著作を出版すれば、それなりには売れるでしょう。しかし、こんな作品を出版し続ければ、西村京太郎氏の名声を汚すことにならないか、心配です。

 他の作品の変な点も。今後指摘したいと思います。

 出版社、編集者には、西村氏の名声を汚さないよう、反省していただきたいと思います。

 
西村京太郎氏の近年の作品が変だ2 「北陸新幹線ダブルの日」』に続く

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