ipt async src="//pagead2.googlesyndication.com/pagead/js/adsbygoogle.js"> 猪瀬直樹 : 地方自治日記

地方自治日記

地方自治に誠実に取り組んできた県職員OBです。県の市町村課に長く在職したほか、出納局、人事委員会などのいわゆる総務畑が長く、自治制度等を専門分野としてきました。県を退職後も、時々、市町村職員などの研修で、自治制度、公務員制度、文書事務などの講義もしていました。 単に前年どおりに仕事をすることが嫌いで、様々な改革・改善に取り組んできました。各自治体の公務員の皆様には、ぜひ法令を正しく合理的に解釈し、可能な限り効率的、効果的な行政運営をしていただきたいと願っています。

タグ:猪瀬直樹

 NHKの朝ドラ「虎に翼」をきっかけに「総力戦研究所」のことに興味を持ち、そのことをテーマとする作品を読みましたが、その流れで、敗戦前後のことも知りたくなり、本書を読みました。

 「日本人はなぜ戦争をしたか 昭和16年夏の敗戦』(猪瀬直樹)を読んで 参照願います。

 本書は、日本がポツダム宣言受諾を決めた時期の前後から、東条英機らA級戦犯が絞首刑に処せられるころまでの米軍関係者や日本政府関係者の動きに沿ったルポルタージュです。一部は著者の創作部分もありますが、ほぼ史実に沿っているようです。

 私は、この時期のことは、日本国憲法の制定過程については大学時代に憲法の講義で習ったので少しは知っていましたが、全体的にはは全く無知であったことに気づかされました。

 昭和天皇の決断でポツダム宣言の受諾が決まり、玉音放送が録音された後、徹底抗戦を主張する一部の軍人らが録音盤を奪取して戦争終結を阻止しようとした事件については聞いたことがありました。しかし、東部方面軍司令官の命令書を偽造して、当時奥日光に避難していた皇太子を拉致して、彼を奉じて会津若松に立てこもって徹底抗戦を続ける計画があったことなど、全く知りませんでした。

 さらに、当時は、天皇が拘束されて皇太子も米軍によって連れ去られるという危険すら想定されており、それらから皇太子を守ろうとする人たちの奮闘も描かれています。

 東京裁判の判決は昭和23年11月12日ですが、東条ら7人の死刑が執行されたのは12月23日午前0時直後でした。死刑の準備はもちろん前日から行われ、日が替わるのを待っていたかのようなタイミングで、午前0時1分30秒から0時20分までに7人が次々に処刑されました。この日は、皇太子、次期天皇の誕生日でした。

 また、東京裁判が開廷したのは昭和21年5月3日で、巣鴨プリズンにいた東条らA級戦犯に起訴状が伝達されたのが4月29日(昭和天皇誕生日)です。翌昭和22年5月3日に日本国憲法が施行され、後に「憲法記念日」になりました。

 著者は「深読み」と言いながら、これは天皇、次期天皇に武装解除を「刻印」するためのマッカーサーのメッセージと捉えています。私はさらに、毎年これらの日を祝うことになる日本国民に向けた「忘れるな!」というメッセージかもしれないと思います。
 残念ながら、このメッセージは今の日本人には伝わっておらず、私もこれらの祝日が東京裁判に関係の深い日でもあることなど知りませんでした。知ってしまった以上、これからこの祝日が来るたびに思い起こすことにします。
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 NHK朝ドラ「虎に翼」で、ヒロインの再婚相手の星航一が戦前に「総力戦研究所」に所属し、その組織が優秀な若者を集め、模擬内閣を発足させて日米が戦争になった場合の結果を予想させたというエピソードがありました。ここでメンバーば、何度もシミュレーションを繰り返し、日本が必ず敗けるという結論を出して政府に報告しました。

 「人は自分の信じたいことだけ信じる」 参照願います。

 ネット情報でこのエピソードが史実であることを知り、調べたところ、本書に詳しく紹介されているようなので、読んでみることにしました。

 私が読んだのは、小学館が発行している「日本の近代 猪瀬直樹著作集8 日本人はなぜ戦争をしたか」、副題が「昭和16年夏の敗戦」です。これと別に、中公文庫で「昭和16年夏の敗戦 新版」(猪瀬直樹)が刊行されており、この巻末には石破茂氏との対談が載っているとのことですが、市立・県立図書館、ブックオフにも在庫がなく、残念ながら入手できませんでした。本文の内容は、本書と同じでしょう。

 「虎に翼」の星航一のモデルは、東京地裁の判事だったところを駆り集められた、三淵乾太郎で、彼は模擬内閣で司法大臣兼内閣法制局長官を務めています。これと同様、陸軍から駆り出されたメンバーは陸軍大臣、海軍から駆り出されたメンバーは海軍大臣といった具合に、出身母体、専門性に応じて、模擬内閣の閣僚らが割り当てられています。各メンバーは、それぞれの省庁等からデータをもらって持ち寄り、ち密に戦争の帰趨をシミュレートしました。その予測は驚くほど正確で、真珠湾攻撃と原爆投下だけは予測できなかったものの、南方(インドネシア等)からの石油や鉄鉱石の輸送は船が沈められてダメになり物資不足になることや、戦争末期にはソ連が参戦することまで予測しています。戦争は、ほぼその予測どおりに進み、敗戦に至ります。

 本書は、研究所の研究生やスタッフの日記、研究生が提出したレポート、証言のほか、「木戸幸一日記」、極東軍事裁判の記録などを集約して、この研究所や模擬内閣による机上演習、議論に迫っています。

 この研究所のこと以外にも、いろいろ知ることができました。東条英機は、陸軍大臣のころは主戦論者の中心でしたが、天皇陛下に対する忠誠心は人一倍厚い人でした。昭和天皇は、戦争を是非避けたいと考えていて、主戦論者の中心である東条を内閣総理大臣にし、主戦論を抑えて戦争を回避するよう命じました。東条も懸命に陛下の指示を達成しようとしましたが、回り始めた歯車は戻せなかったようです。私は、東条を誤解していました。

 巻末の資料も含め、読みごたえがありました。

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