ipt async src="//pagead2.googlesyndication.com/pagead/js/adsbygoogle.js"> 自衛隊 : 地方自治日記

地方自治日記

地方自治に誠実に取り組んできた県職員OBです。県の市町村課に長く在職したほか、出納局、人事委員会などのいわゆる総務畑が長く、自治制度等を専門分野としてきました。県を退職後も、時々、市町村職員などの研修で、自治制度、公務員制度、文書事務などの講義もしていました。 単に前年どおりに仕事をすることが嫌いで、様々な改革・改善に取り組んできました。各自治体の公務員の皆様には、ぜひ法令を正しく合理的に解釈し、可能な限り効率的、効果的な行政運営をしていただきたいと願っています。

タグ:自衛隊

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 安倍総理が自民党総裁に三選されたことにより、憲法改正の発議が現実味を帯びてきました。

 自衛隊は、過去多くの災害に出動し、被災者の救援、復興に努め、国民から信頼を得ています。安倍政権は、その国民の自衛隊への信頼感を悪用して、憲法改正の突破口にしようとしているようです。

 

今はまだ憲法改正の時期ではない

 私も、現行憲法には、自衛隊の問題を含め、様々な問題があることは承知しています。いずれ改正したほうがいいとも考えています。しかし、今はまだその時期ではありません。

 日本は、現在、日米安保体制に伴う密約によって、日本の国土を自由に軍事利用できる権利(基地権)戦時には自衛隊を米軍の指揮下に置く権利(指揮権)をアメリカに奪われたままです。自衛隊は大切だとか、自衛隊員がかわいそうだとかいうなら、まず、指揮権を取り戻すことが先決です。指揮権をアメリカに奪われたままでは、いずれ自衛隊はアメリカの戦争に動員されてしまいます。

 完全な主権を取り戻すまでは、憲法に手を付けるべきではありません。完全な主権のない状況で改正していいほど、軽いものであってはなりません。憲法が真に最高法規となり、憲法に反する条約などは裁判所が無効と判示できる当たり前の国家になってから、憲法に手を付けるべきです。

 「安直な憲法改正論」

 「知ってはいけない」(矢部宏治)を読んで

 

 それまでは、「アメリカから押し付けられた憲法」のままにしておくことが得策です。ここで小手先の憲法改正をすることは、日本国民が自らの意思でアメリカに自衛隊の指揮権などを委ねたと解釈されかねません。

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 先日は憲法記念日でした。様々な機関が世論調査の結果を発表していますが、憲法改正について国民の賛否は拮抗しているようです。私は、改正の必要性についての単純な賛否は、あまり意味がないように思います。

 

改正すべき点はもちろんあるが・・・

 現行憲法に、改正すべき点はもちろんいくつかあるでしょう。自衛隊が違憲と解される余地があることも、その一つでしょう。

 そのほかにも、いくつかあります。私が、最大の不備だと考えるのは、次の点です。

 国会議員が憲法に基づいて臨時国会の召集を要求しても、それを無視してしらばっくれているような内閣の存在を排除するシステムがありません。

 多くの憲法学者の意見を無視し、従来の政府見解も無視して、集団的自衛権を容認するような内閣の排除もできません。

 全く憲法を尊重せず、遵守しない政権の存在を許してしまうのは、現行憲法の最大の不備だと思います。最高裁にそのような機能を持たせるか、憲法裁判所のような機関を別に作るか、必要なのでしょう。

 

小手先の改正は危険

 自衛隊の存在を明記するような小手先の改正は、できるでしょう。しかし、自衛隊がアメリカ軍指揮下の部隊として使われかねないような体制の下では、危険だと思います。

 自衛隊は、朝鮮戦争の際に米軍の不足を補うための予備軍として発足したことは、数多くの関係者の証言から明らかです。日米地位協定の中で、現在もそのような位置づけを引きずっていることも確かなようです。いわゆる指揮権の問題です。

 このような根本的問題を放置したまま、自衛隊の存在を明記することは、アメリカの戦争に自衛隊が今以上に巻き込まれる結果になり、危険だと思います。

 

 他国の軍隊が国内に駐留している間は、憲法の制定、改正はできないという考えもあります。米軍が国内法を超越して好き勝手ができる現行の体制を根本的に解決し、晴れて憲法改正ができる日を待ち望んでいます。

 小手先の改正は、危険であり、行うべきではありません。


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 無かったはずの自衛隊の海外活動時の日報が次々に発見され、文民統制が機能していないなどの議論が行われています。文民統制の問題はたしかに大きな問題で、十分に議論されるべきでしょう。

 しかし、この問題のそもそもの発端は、スーダンやイラクなどへの自衛隊の派遣が、PKO5原則に違反していないかという問題だったはずです。ここ数日のマスコミ報道などを見ていると、そのことが忘れ去られているようで、もっぱら文民統制に外れたとして自衛隊を批判する議論が多いようです。

 この5原則は、憲法違反ではないと言い訳できるギリギリの線を引いたもので、これを逸脱することは憲法に明確に違反することであり、大きな問題です。

 

政権幹部の非難には違和感

 政府与党の幹部までもが自衛隊に対する非難をしています。

 私は、当時の政権幹部が自衛隊を批判することには、違和感を覚えます。そもそも、PKO5原則に反して、停戦合意が不完全で戦闘が継続している地域に無理やり自衛隊の派遣を決めたのは、安倍政権です。日報を公表してしまえば、戦闘が継続したこと、5原則に違反していたことが明確になってしまうから、政権からの指示か、政権への忖度で、日報は無いことにせざるを得なかったのでしょう。

 その経緯を無視して、稲田前防衛相などが居丈高に自衛隊を非難するのを聞いていると、自衛隊が気の毒になります。自衛隊の皆さまは、きっと「原因を作ったのはあなた方だろう!」と言いたいと思います。

 

文民統制が機能していない?

 形の上では、「日報があれば出しなさい。」という大臣の命令を自衛隊が従わなかったわけですから、文民統制から外れています。

 しかし、実質的に見れば、自衛隊は憲法に違反しているかもしれない文民の命令に従って海外に部隊を派遣し、それを命じた文民の立場に配慮して書類まで隠しているのです。これほど文民に忠実な行為はないと思います。私なら、こんなに従順にできるか分かりません。

 

 文民統制の議論も大事ですが、そもそもの発端を忘れないでいただきたいと思います。
 自衛隊の皆様も、これ以上自分たちだけが悪者にされることをやめて、戦闘が継続していて5原則に反していたこと、政権への配慮または指示、圧力で日報は存在しないことにしたことを正直に表明してしまえばいいと思います。


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 防衛省が昨年2月、3月に国会に不存在と説明していた陸上自衛隊がイラクに派遣されていた時の日報が、発見されたとのことです。しかも、公表までの経緯が複雑で、今年1月に発見されたものは331日に防衛大臣に報告されて大臣が43日に公表し、昨年3月には存在が確認されていたことについては44日に防衛大臣に報告されて同日に大臣が公表したということです。気の毒な防衛大臣は、2日連続で会見で謝罪することになりました。

 表面的に見れば、危機管理の欠如としかみえませんが、そんな単純なこととは考えにくく、見えていない部分がもっとありそうです。

 

危機管理の観点から

 県職員時代、危機管理に関する研修を何度も受けさせられました。また、自分でも興味を持って、関係書を何冊か読んだりもしました。

 共通して強調されたのは、何か事故があったり、不祥事が発生したりした場合は、少しでも早く最終責任者に情報を上げるということです。その情報が、多少あいまいな情報であっても速やかに上げなければなりません。詳報などは、2報、3報で補足していけばいいことです。

 銭形平次で、八兵衛が「親分、大変だ~!」と叫びながら走ってくる。あれだけでも平次は何か事件が起こったらしいことが分かり、心の準備ができるので意味がある。もう30年以上前に読んだのでうろ覚えですが、危機管理の古典である「危機管理のノウハウ」(佐々淳行)に、そんなことが書かれていた記憶があります。

 

 また、このまま隠し続けようかという検討もされたかもしれません。昨年11月に発見されたことについては陸上幕僚監部で約1月半、統合幕僚監部で約1月、情報が留め置かれており、この間にそんな検討もされたのでしょう。しかし、いずれどこからか漏れたり、つじつまが合わなくなったりするから、何かあったら包み隠さず公表(もちろん国防上の機密事項は別)することが、危機管理の要諦です。

 

 自衛隊といえば、危機管理のプロ集団のはずです。こんな失態をするということは考えられません。

 

そもそも無かったはずがない

 自衛隊は、憲法上の制約から、海外での活動の経験は多くありません。治安が不安定な地域での活動を記録したこれらの日報は、海外活動のノウハウを積み上げていくうえで、貴重な資料なのです。教育訓練の材料などとしても使用すべきものだと思います。数年で廃棄するはずがありません。

 また、貴重な体験の資料ですから、様々な部署で共有されたのでしょう。だから、一つの部署で、なかったことにして焼却したとしても、他の部署から出てくるかもしれません。そうなったら、焼却してしまった部署の立場がありません。

 

存在を知っていた人がいたはず

 過去に探した時に、捜索の対象となった部署からは発見されなかったという言い訳もされているようです。それも怪しいと思います。存在しそうな部署は捜索の対象から外したと考える方が自然です。

 日報が存在するか否かについて、大騒ぎになって、ニュースでも報じられていました。捜索の対象でない部署の職員も、それらのニュースは見ていたでしょう。自分のところにあることに気づかなかったはずがありません。

 

政権への信頼の失墜がきっかけか?

 おそらく、最初は、政権からの指示か、政権への忖度から、日報は存在しないことにしたのでしょう。

 それが、最近の財務省の一連の騒動などで、政権に尽くしていてもいざとなれば悪者にされて切り捨てられるという不信感が生じてきたのかもしれません。その不信感が、今回の「発見」の引き金になったような気もします。

 文民統制という観点からは、自衛隊の対応は厳しく非難されるべきです。しかし、そもそも日報などを隠さなければならなかったのは、原則を逸脱してまだ戦闘が継続している地域に無理に部隊を派遣した政権に問題があると思います。同じ公務員として、自衛隊の皆様に同情したくなる気持ちも禁じ得ません。

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