ipt async src="//pagead2.googlesyndication.com/pagead/js/adsbygoogle.js"> 英月 : 地方自治日記

地方自治日記

地方自治に誠実に取り組んできた県職員OBです。県の市町村課に長く在職したほか、出納局、人事委員会などのいわゆる総務畑が長く、自治制度等を専門分野としてきました。県を退職後も、時々、市町村職員などの研修で、自治制度、公務員制度、文書事務などの講義もしていました。 単に前年どおりに仕事をすることが嫌いで、様々な改革・改善に取り組んできました。各自治体の公務員の皆様には、ぜひ法令を正しく合理的に解釈し、可能な限り効率的、効果的な行政運営をしていただきたいと願っています。

タグ:英月

 これまでに親鸞聖人の思想に関する著者の本を読み、興味深かったので、本書も読んでみました。

 「あなたがあなたのままで輝くためのほんの少しの心がけ」(英月)を読んで

 「そのお悩み、親鸞さんが解決してくれます」(英月)を読んで  参照願います。

 

 題名の漢字部分、「にがびゃくどう」と読むようです。浄土教を確立し、親鸞聖人などにも多くの影響を与えた隋、唐の時代の中国の高僧、善導が書いた「仏説観無量寿経」という経典に「二河白道」という説話が載っています。

 著者を含む現代の女性3人の悩みの本質を解明しようとするストーリーの中で、この説話の意味するものを解説したものです。

 

二河白道のあらすじ

 人が西へ向かって歩こうとしたところ、突然、前方に二つの河が現れた。一方は濁流渦巻く水の河、もう一方は火の河で、真ん中に幅15センチほどの白い道がある。後ろからは猛獣や悪人たちが襲いかかろうとしている。

 その時、東の岸で人が「このままでは死んでしまう。きっと大丈夫だから行け。」と叫び、西の岸(対岸)でも人が「一心に決意して進んで来なさい、私があなたを守るから、水や火の河に落ちることなど恐れることはない。」と喚んだ。意を決して進み、無事に浄土にたどり着いた。善導自身の解説によると、東の岸で叫んでいたのはお釈迦さま、西の岸で喚んでいたのは阿弥陀様という豪華な顔ぶれです。

 

 話の本筋ではありませんが、私はこの情景を思い浮かべることができませんでした。この人は東から西へ向かおうとしているのだから、川は二本とも南北に流れているのでしょう。片側が水の河、片側が火の河で真ん中に道があるという情景はあり得ないと思ったのです。ネットで調べると「二河白道図」がいくつか出ていて、二つの河とも白道で行き止まりになっていて、南北に流れてはいないようでした。池のような感じです。

 

 東で叫ぶお釈迦さまは、そこに道(法)があることを示して励まし西で喚ぶ阿弥陀様は救ってくれる主体、法そのものであるとのことです。この辺、非常に深遠な理論で、私にはここで説明しきれません。本書を読むと多少は分かった感じがします。
 砕けた文体で、卑近な例えで説明されてはいますが、やはりかなり難しかったです。でも、また少しだけ、親鸞聖人の思想への理解を深めることができた気がします。

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 著者は、浄土真宗佛光寺派のお寺に生まれましたが、親からお見合いを強要されるのを逃れるためアメリカに家出し、10年ほどして実家の事情で日本に帰ってお寺を継いでおられる女性住職です。

 仏教、特に親鸞聖人の思想に興味があり、参考になる本を読み漁る中で著者の「あなたがあなたのままで輝くためのほんの少しの心がけ」を読んだところ、分かりやすかったので本書も読むことにしました。

 「あなたがあなたのままで輝くためのほんの少しの心がけ」(英月)を読んで 参照

 

 前著は、副題が、「親鸞聖人「正信偈」に学ぶ肯定する生き方」とあるとおり、浄土真宗のお経で一番読まれている「正信偈」(しょうしんげ)を解説したものです。本書は、「英月流「和讃」のススメ」という副題のとおり、親鸞聖人が作られた和讃(教えを日本語で節を付けて唄うもの)を解説しています。

 本書は、恋愛編、仕事編、人生編の3章で構成され、「好きな人が振り向いてくれない」「ペットロス」などの悩みに応じ、参考になる和讃を解説しながら助言する形の本です。家が浄土真宗の人ならば聞いたことがある和讃もいくつかあるでしょう。

 

 本書では、阿弥陀様というと仏像などの姿を思い浮かべるけれども、本来「形」はなく、目に見えない「はたらき」だと言っています。前書でも、阿弥陀という言葉は、サンスクリット語の「アミターユス」(量りしれない寿命、時間)、「アミターバ」(量りしれない光、空間)を漢語で音訳したものだと説明されています。

 それならば、神や仏の存在など信じることのできない私にも理解できます。無限の空間、時の流れに身を委ねてしまえば、どんな悲しみ、悩みも取るに足りないもので、それを深く悟れば心が平安になる・・・。

 宗教というより、哲学、倫理学に近い気がします。私は、死後の世界などを説く宗教は信じませんが、こんな仏教なら信じられる気がします。

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 つまらない自己啓発本によくありそうな題名で、私は普通ならば絶対に手に取らなかった本でしょう。正直、私はそんな題名の自己啓発本が嫌いというか、実のところ少々馬鹿にしていますが、これはその類の本ではありません。

 副題が、「親鸞聖人「正信偈」に学ぶ肯定する生き方」となっています。私は、最近、仏教、特に親鸞聖人の思想に興味を抱いて関連書を少しずつ読んでいます。この本も、その流れで見つけたものです。

 「帰命無量寿如来」で始まる120句、840字のお経、「正信偈」(しょうしんげ)を聞いたことのない人は、浄土真宗の門徒以外でも少ないと思います。正信偈は、親鸞聖人が自ら漢文で書かれたもので、浄土真宗の教えを凝縮したものです。浄土真宗のお経の中で最も頻繁に詠まれ、聞く機会の多いものだと思います。その意味が理解できるようになりたいという気持ちから、本書を手に取りました。

 

 冒頭の「帰命無量寿如来」は、無量寿如来(= 阿弥陀如来)に帰命(信じ、敬い、頼ること)しますという意味のようです。阿弥陀は、サンスクリット語の「アミターユス」(量りしれない寿命)、「アミターバ」(量りしれない光、空間)を漢語で音訳したもので、無量寿などは意訳したもののようです。

 果てしなく続く時間と空間の流れを信じ、身を任せてしまえば、浄土(何も苦しいことのない世界)に生まれ変わることができるということです。このような、時間、空間といった目に見えない働きを人はなかなか信じることができないので、仮に阿弥陀仏のような仏様、仏像を創り上げたということです。これは、著者ばかりでなく、多くの仏教者、仏教思想家も認めている考えのようです。

 

 やはり、仏教は、キリスト教やイスラム教と違って、深遠な哲学に近いものだと思います。神や仏の存在など信じることができない私のような者でも、このような考えなら理解することができます。

 

 著者は、真宗佛光寺派のお寺に生まれ育った女性ですが、お寺を継ぐ気がなく、アメリカに渡るなどしていたのが、家庭の事情で急遽あとを継ぐことになった女性僧侶です。様々な体験をもとに、解説されています。

 私の疑問にかなり答えてくれ、読んでよかったと心から思います。ただ、正信偈の意訳は載っていますが、併せて漢文の読み下し文も併記してあればもっとありがたいのですが・・・。また、題名も、別の題名の方がいいと思います。

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