2024年の師走、企業・団体献金を巡って、存続を目指す与党と禁止を主張する野党との攻防が続いていますが、その中で、石破首相から憲法解釈上の珍説が飛び出しました。首相は、企業・団体献金の禁止は、憲法に定める表現の自由に抵触する可能性があると言ったようです。
ネットで検索しても、私はそんな学説を見つけることはできませんでした。首相から珍説が飛び出した後も、法律の専門家からの論評はあまりないようです。真面目に論評するに値しないほどの、苦し紛れの思い付きなのでしょうか?
私は学生時代に行政法を専攻していただけで、法律の専門家ではありません。しかし、彼の珍説のおかしな点、うさんくさい点は分かります。専門家があまりの馬鹿馬鹿しさに相手にすることを躊躇しているようなので、シロートの私がコメントします。
法人の基本的人権
基本的人権は、そもそも自然人に与えられたものであることは、誰も否定しないでしょう。ただ、社会的実体である法人にも、支障のない限り認めるべきだというのが、通説的な考えでしょう。だから、あんな珍説が飛び出したんだろうと思います。
しかし、法人に対してどこまで認めるかは、権利の性質や社会の状況に応じて定めればいいことです。例えば、法人に対して「内心の自由」などは問題にする必要はないでしょう。企業・団体献金については、法律で禁止しようが容認しようが、憲法に抵触するとか、基本的人権を侵害するとかという問題にはならないでしょう。
また、基本的人権も公共の福祉による制約を受けます。まして自然人ではなく、法人の基本的人権なら、当然です。法人に献金という表現の自由?を認めた結果、自然人の政治関与に不平等が生ずるなら、禁止して当然です。
企業や団体に政治献金を禁止するのではなく、政治家や政治団体に対して受領を禁止するのであれば、なおのこと問題にならないと思います。
うさんくさい誤魔化し
企業等について、憲法上の基本的人権を議論するならば、まずは経済活動の自由でしょう。公共の福祉に反しない限り、企業にも経済活動の自由、営業の自由を認めていいことには、反対する人はあまりいないと思います。それを、なぜ首相が経済活動の自由ではなく、表現の自由を持ち出したか?
経済活動の自由と言ってしまうと、政治献金というものは結局は買収と同じで営利を目的としているという議論につながってしまうからでしょう。企業が自民党に献金するのは、自らに有利な施策や取扱いを求めてのことでしょう。資本主義の維持が目的といったとしても、自分たちが営利を得る社会システムを続けるためです。経団連が政治献金を続けたいのも、そのためであることを公言しています。
石破首相は、公費助成と引き換えに企業・団体献金を禁止することが国民への約束だったことすら否定しようとしています。当時の与野党の党首がそう証言しているのに・・・。
首相は、持ち味であった正論を封じてしまうと、国民からも見放されてしまうことを考えるべきでしょう。
![]()
にほんブログ村 ご覧いただきありがとうございます。
サイト案内(目次)へ